流れ流れてB(6甘凌+a)


※女性のオリジナルキャラが出てきます。
甘寧と凌統は既に恋仲です。
地名が多く含まれます。


船は何事もなく、公安手前までやってきた。
このあたりにくると長江は、いよいよ複雑な流れを見せ、江沿いにぬかるみが多くなる。
また、女官を送り届けるには、ここから内陸へ向かわなければならず、荷物を降ろして、馬で移動する。
あれから凌統は、女官に普段通りの生活をするよう告げた。それから、常に監視をしていること、何か変な動きをすれば、即座に首を刎ねることも伝えた。
女官はたった一度だけ深く頷いて応えると、以来、凌統の言葉どおりに、普通に船上での生活を送っている。ただ、甲板に出ることはなくなった。紛らわしく誤解を受けやすいと、凌統が止めたからだった。
その代わり、以前他の女官に教えてもらったという縫物をするようになって、静かに過ごしている。
また、女官は甘寧に突然あのように脅されてから、ようやく孫呉を捨てて武陵に戻ろうという決心がついた、という風に映った。その瞳はいっそ以前より清々しい光を持っている。
しかし、甘寧と女官は以前より接点を持たなくなった。会話どころか、どこか、互いの存在を避けているように見える。
甘寧は何を考えているか分からない。
凌統とすら、あまり話をしなくなった。
甘寧はああ見えて、戦以外で激昂することはあまりない。あんなに怒りを露わにするということは、甘寧は女官に何かを感じたということだ。
凌統は、その理由が自分には分からないことが、少しだけさびしかった。

(…ま、分からなくて当然、か。境遇が違うんだしね。俺はずっと孫呉にいるんだ。去って行った人たちだって、沢山見てる。こういうのがあったっておかしくないね。)

凌統は馬の尾のような束髪を翻し、船室に引っ込んだ。



公安の砦で物資の補給と徴馬をし、兵の数も半分に減らして砦を出発した。
先頭に甘寧、後方に凌統がついて、真ん中に女官をつけて進んでいる。
切り立った狭い谷だ。その底を縫うような、一度に一人しか通れない白く細い岩の道を南下している。迫りくる谷の岩肌には、青々とした緑がところどころに生い茂り、ずっと天に近い谷の淵あたりには、白い靄が漂って幽玄な風景が広がっていた。
揚州の豊かな水に溢れた風景とは別のそれを堪能したかったが、凌統はじっと前を見ていた。
女官の向こうに見える、先頭の甘寧。
遠く離れていても、鈴の音が聞こえる。
女官の斥候発言以来、ろくに話をしていない。
話しかけても、ああ、だの、うん、だのばかり。
ふいに、押し倒されたあの時を思い出した。
けれど、獣のように貪られるばかりで、暫くぶりだったからか、己の口からも喚起の艶声しか出ず…。甘寧の瞳はその得物に似て鈍く熱かった。でも、今思えば、あの熱さは何かを隠すかのようにも見えた。
喰われる直前の尋ね文句は、単純に疑問に思ったからだ。
甘寧本人から、故郷の話を聞いたことなど一つもない。特に気にすることもなかった。
甘寧の、故郷。こいつを産み、育んだ地は確かにこの中華にある。江賊だったというし、江の近くではあるようだが、どんな所なのだろう。
案外、この武陵だったりして。それから、女官への怒りも考える。

(あの女官にあいつが同情した様子はなかった。あの子の性格に苛立ったのはわかる。けど、それだけじゃあ放っておくくらいで済ますだろうな…つーことは、他に気に食わないことがあったからだ。)
(あいつが怒ることっていったら、呂蒙さん…でも今回は呂蒙さんは関係ないね。)

ということは、何かが甘寧の信条に引っかかったか。
勿論凌統自身も、女官の告白には衝撃を受けた。けれど、その迷い自体は何となく理解できたのだ。けれど、甘寧が女官の言葉のどこに激昂したのか。わからない。
凌統は雑念を振り払うように、首を左右に振った。

(いけないねぇ…。まずは任務を果たさないと。俺は、それしかできねえしな。)

この女官を送り届ける場所は、目の前に見える大きな岩山の向こうにある村である。ひとまず任務は果たせそうだし、甘寧に色々聞くのはその後でもいいか。そう思った矢先。
突然だった。
凌統の目の前を進んでいた女官の右肩に、一本の矢が立った。

「敵襲だ!」

兵の誰かの叫び声が、地響きにかき消される。 どちらともなく天を仰いだ。見知らぬ軍の逆落としが迫ってくる。

「へっ、やってくれるじゃねぇか!」
「おい、その子の手当てを!」

女官が肩を押さえて落馬しそうになった所を、近くの兵がささえるのを見て、やや安心した凌統は、眼前の敵兵を見据え棍を構えた。
その間に甘寧は、我先にと身を躍らせるようにして、凌統の前に出る。そして鎌を構えて腰を低くし、敵兵と刃を交える寸前で鎌を放り投げた。
鎖は孤を描き、軌道上にあった数人の首が飛んだ。
負けじと凌統は前にいる甘寧めがけて走り出し、龍の彫り物に覆われた肩と頭を踏み台にして、高く跳んだ。
下方で甘寧がぐぇ、と言ったのが聞こえてフンと鼻をならし、空中で左の懐に二節棍を構えて、身を縮めて力を溜めること一瞬。
丁度いいところにいる敵に狙いを定めて、棍を振り上げた。生じた衝撃波で敵は吹っ飛び、地面の岩肌がむき出しになる。
着地した凌統の横に、後ろから走ってきた甘寧が並んだ。
周りを取り囲まれる。女官は2人の後で、味方の兵によって、肩の矢が抜き取られているところだった。
女官は辛そうに顔を歪ませて俯いているが、生きている。この敵襲も、彼女が張った罠ではないようだ。

「さて…甘寧、気配は感じたか?」

凌統が甘寧に話しかける。敵兵はさほど多くない。武器の構えも甘いし、持っている武器も槍であったり剣であったり弓であったりとまちまちだが、気配を消せる訓練はされてあるし、統率もとれている。

「いや?民兵よりは訓練されてるが…どっかの軍の兵にしては気合いが足りねえなあ。」

甘寧はどこか嬉しそうだ。

「ふん、折角のんびり帰れると思ったんだけどねえ。」
「馬鹿言うな。俺はこの時を待ってたぜぇ?ようやく暴れられるんだ!」
「そいつは俺も同じだけどさ。ま、さっさと片づけちまおうか!」

凌統が言い終わるや否や、2人同時に横に跳んだ。後ろにいる女官には、指一本触れさせない覚悟で。
甘寧は脇をすり抜けようとする兵を鎖で絡めとり、前方の敵の塊に力任せに放り投げた。衝撃波を孕んだそれは、衝突すると爆発し、周辺の何人かが吹っ飛んでいった。
甘寧が起こした爆発の煙の中から飛び出してきた兵と、襲いかかってくる兵もろとも、凌統は棍をみだれ打ちにして、最後に回し蹴りをお見舞いして退かせる。
鎧袖一触、2人の武は周辺を圧倒してゆくが、妙に敵の数が多い。どこの兵だ?そして、奴らの動きは、どうやらあの女官にむいているのだ。
甘寧は目の端に女官の姿を捉える。兵に抱えられるようにして、岩陰からふらふらと馬のほうへ歩いていくのが見えた。その顔が、やや上を向いた。

「あ!」

女官が声をあげた。
凌統は女官を見、甘寧は女官の視線の先目の前にあるものを見上げる。
聳え立つ谷の淵に、1騎の馬がいた。
馬上には痩せた老兵が1人、矛を手にじっとこちらを見据えている。
簡素ではあるが皮の鎧を着て、遠く離れた場所でも、その視線は体を穿つ程に力がある。かなりの手だれだ。
甘寧は身構えた。

「おい、あのじいさん誰だよ。」

後方の女官に尋ねる。しかし女官は震えて答えない。しかし、小さく呟いた言葉を2人は聞き逃さなかった。

「おじい様…っ」




4へ続く




交地で出す本のボツネタです。
それなりの量があり、完成したので、救済のためにサイトにあげることにしました。
ベッタベタだな〜…