流れ流れてC(6甘凌+a)


※女性のオリジナルキャラが出てきます。
甘寧と凌統は既に恋仲です。
地名が多く含まれます。


何?
女官が声をあげたと同時だった。老兵がすっと手を上げると、反対側の崖から数騎の騎兵が逆落としをかけて、あっという間に女官を取り囲み、女官の傍らにいた兵の肩を切り裂いた。
女官が小さく叫ぶ。
その間に、甘寧と凌統、そして僅かな味方兵も取り囲まれる。
老兵が手慣れたように、こちらめがけて駆け降りてくる。あっという間に2人の前にやってきた。

「麗梅!」

磨き上げられた矛を一振り、老兵が皺枯れた声をあげた。その一声は、決して老いにより枯れた声ではなく、何度も怒号を上げた故の、年輪を感じる声だった。
叫んだ名はこの女官の名か。
上から、鋭利な刃のような瞳が2人の姿を捉える。

「孫呉の方々、御苦労であった。ここからは我らが孫を村まで連れてゆく故、こちらでお引き取り願う。」
「おじい様…どうして、こんな…。」
「貴様は黙っていろ。便りも出さず何をしているかと思ったら孫呉に染まっておったなど…。」
「母上は…母上は?」
「裏切り者の娘を産んだ女など、とうに切り捨てたわ。」

女官の瞳が見開いた。
どうやら、女官に書簡が届く前より、事が始まっていたらしい。孫呉のお偉い方はこの事態を予測していたのだろうか。それで自分たちを?
そうだとしたら、なんと意地の悪い連中だろう。
しかし、甘寧と凌統は、不思議とここで下がろうとは思わなかった。むしろこの状況をどう打開するか、そればかりを考えていて、ましてや女官を見放すということは、思いつきすらしなかった。
老兵が女官を連れて行くと言ったが。生きた姿で連れてゆくとは思えなかった。
凌統は棍を肩にあてながら、老兵に向かって余裕綽々に声をあげた。

「俺たちは、“無事に”その子を送り届けなくちゃあいけないんだよねぇ。」

続いて、同じように甘寧も。

「こんな手荒な歓迎されちまったら、こっちも相当に暴れてやるが、構わねえよなあ?」
「ふ…この状況でお二方に何ができる?」

凌統が棍を握りしめると、近くの敵兵が、剣の切先を凌統の喉元に突きつけた。
途端に老兵は、勝ち誇った高笑いを谷底に響かせた。

「お二人は武器を捨ててもらおうか。」

近くの、斧を持った兵が低く言う。それを睨みながら言葉に渋っていると、取り囲まれた円がさらに小さくなり、一度に相手できる人数ではなくなったため、仕方なく前方に武器を放り投げた。すぐさま、凌統に剣を突き付けていた兵が、2人の武器を蹴って遠ざける。
そして、女官は敵兵に両腕を捉えられ、老兵のもとへと引き寄せられた。
離して、離してください、と、木霊する女官の叫びを、老兵は鼻で笑って馬首を内陸の奥へと向けた。

「孫呉の方々。そのままにしておれ。我々は無益な争いは好まぬ。」

振り返りもせずに言う老兵の背中を見つめ、打って出る機会を探っていた凌統の目の端に、甘寧が、身につけている鈴に手をかけたのが見えた。
咄嗟に、離れかけた老兵の背中に声をかける。

「ちょっと待った。あんたさぁ、どこの誰だい?一体何がしたいわけ?それくらい、言ってもいいと思うんだけど?」

老兵はゆらりと…まるで鋼がしなったように、肩越しに振り返った。

「我々はこの女の部族の者だ。この女を連れ戻すため、ここまで参った。」
「だったらこんな手荒なことしなくてもいいでしょうよ。無事に送り届けるって言ってるのに。」
「ふん、孫呉の奴らの言葉など聞けるか。我らは我らの土地を安堵して下さった劉表様だけを信じている!劉表様に刃を向けた孫呉の者の話など聞けるか!」

成程。異民族でも説得すれば仲間になる民族はいるが、この異民族は…いや、この村の者たちは、そうではないらしい。
最早この辺りは呉蜀の対立であるのに、劉表という、既にこの世にいない者を妄信しているということか。それだけならば、こちらも何もしないが・・・

「劉表はもういないってのに?」
「黙れ!劉表様がおらぬのなら、我々は我々で生きてゆくのみ!」

甘寧が鈴を千切って近くの馬に投げつけた。
棒立ちになる馬。凌統は前転して棍を取り、女官を捕えていた兵の頭をかち割った。
甘寧は飛びかかってきた剣兵の額に、咄嗟に拾い上げた弓矢を突きたて、そのまま己の鎖鎌を拾い上げた。
馬で逃げかけた老兵に向かって鎌を投げる。
丁度鎖が伸びきったところで、老兵の胴と首が離れた。
凌統は咄嗟に女官にその様子を見せないようにしようとしたが、女官は表情のない瞳をして、黙ってそれを見つめていた。



負傷した兵がいることから、一行は一度公安の砦に戻り、傷を癒すことにした。
夕暮れ時に到着すると、肩に矢を受けた女官の傷の治療優先に動いた。傷が軽かったこともあって、すぐに薬を付け薬湯を飲み、何とか事なきを得た。
彼女の話によると、あの老兵は女官の祖父であり、部族の長であったらしい。厳格で、劉表のもとで一軍を率いて戦ったこともある。そこで見聞きした軍事を部族に広めていたらしい。しかし、昔はあそこまで劉表に熱を注いでおらず、誰かが何かを言ったのかもしれない、と、女官は言った。
2人は顔を見合わせ、蜀の軍師を思い描いた。一先ずは報告しなければいけないだろう。

「で、あんたはこれからどうするよ?村に行くなら送るけど?」

砦の一室で凌統が言えば、女官は少し項垂れた。
無理もない。故郷の一族から裏切られ、母を殺され、目の前で祖父すら失ったのだ。
信じていた者に裏切られ、心を打ち砕かれていてもおかしくはなかった。 女官は顔を上げた。

「…あの…。徐麗梅は死んだのだと思います。いいえ、死にました。こうなった以上、私の居場所は・・・孫呉しかありません。どうか…今からでもよろしいのなら…どうか、孫呉に連れて行ってください、ませんか?」
「俺等は、お前のじいさんの仇だが、いいか?」

凌統が甘寧を睨みつける。けれど、そんなものおかまいなしだ。
女官はふと顔を綻ばせて言う。

「構いません。全て分かりました。お祖父様が死んだ時、私は何も思いませんでした。むしろ、私の心は今とても晴れています。それより…」

女官は立ち上がり、甘寧のほうへ歩み寄った。

「甘将軍、ありがとうございました。あのお言葉で、吹っ切ることができました。それと…大切な鈴を、1つ、無くしてしまわれて…。」
「あんなもん、くれてやらぁ。へっ、これでお前ぇも孫呉の仲間入りってな。」
「はい。」
「いいね、覚悟だけは忘れなさんな。」
「はい。」

突然甘寧は無言のまま、女官に歩み寄って拳を突き付けた。一瞬びくりと怯えた女官であったが、その真意を読み取り、小さく笑って、その拳に自分の拳を突き合わせた。
そして、凌統にも。

「え、何これ。」

戸惑った凌統が、拳を見て顎を引いた。

「いいから、お前ぇもやれ。」
「何だってんだよ…。まあ、やってもいいけどさ。」

仕方なく凌統もそれにあわせて拳を突き合わせた。
これは、新たに孫呉で生きるための気合入れだ。
懐かしい風景に蹴りをつけるための、凱旋だったのだ。鈴はその手向けだ。
そして、この目の前にいる可愛くない男と生きて行くためにも。
甘寧の顔は、すっきりとしていた。



数週間後、蒙衝の船は建業に無事辿り着いた。女官は自分の身を打ち明け、すぐに受け入れられて、以前と変わらず過ごしている。
また、数年後、この女官が文官と結婚して、甘寧と凌統のもとに挨拶にやってきたのは、また後の話。


(よく戻ったな!甘寧、凌統。)
(おっさーん!元気だったか?なあ、やっぱどうして俺等が護衛だったのか納得いかねえぜ!)
(殿に尋ねてみたら、お前たちの仲を案じてのことだったそうだ。)
(本気かよ…。)
(殿もいらない真似してくれちゃって…。)
(しかし、きっとお前たちならば、あの女官をどうにかできる、正しい判断ができるだろう、とも言っておったぞ。)
(そこは問題なかったね。)
(・・・おう。)










交地で出す本のボツネタです。
全然甘くないわけですが・・・。
6って、結構絡ませるのが難しいですね;