盲目行進曲





凌統は、敵の棍を肩に叩きこまれ、呻きながら背中を折り曲げた。
何とかこらえ、仕返しをしてやろうと不敵に笑いながら顔を上げた瞬間、2撃目が頭に落ちてきそうになったので、側転してかわす。

この戦、凌統はまず甘寧とともに伏兵として潜んでいた。しかし、敵が二人の伏していた場所に辿り着く頃には、既に敵方の優勢は決していて、迎撃という二人の役目に、状況を覆すというもう一つの役目が付け加えられた。
突撃する直前まで余裕綽綽に互いに罵りあってはいたが、いざ立ちはだかってみると、思っていたよりも敵の攻めは勢いに乗り苛烈で、次々とやってくる武の応酬に、段々押され気味になってきた。
凌統は、耳を澄まし、視線を泳がせるようにして甘寧の姿と鈴の音の存在を確認しようとする。
だが、どうしても見つけられなくて、防具服と肌の間を冷や汗が流れた。

(あの馬鹿、とっとと撤退したってか!?)

そんな時に食らった一撃は体にも心にも大きく響いて、兵の消耗も著しいので一度後退することにした。
追撃を交わしながらなんとか近くの拠点までと、走りに走って目についた場所に飛び込んだ。
そこは、甘寧とともに伏兵として潜んでいた、背の高い草が生い茂る場所。
湿原の広がるその場所にへたり込むようにして膝と手を着くと、ぬかるむ泥の中に手足がずぶずぶと入っていって舌打ちをした。
だが、別にどうだっていい。少し休息が取れればいいのだ。凌統はそのまま体を反転させて、泥の中に尻を突っ込んだ。
びちゃり、という音がして、すぐに服を通って冷たい泥が尻に触れて少し気持ち悪いが、肩の鈍痛が治まるように細く長く呼吸をしながら、空を仰いだ。
遠くから戦の音が聞こえる。風に乗って、鉄のようなにおいも。

(さて、ここからどうするかね。敵さんのあの様子だと、本陣近くまで進んでるかもしれないな。近くの拠点も制圧されてる可能性が高いし・・・本陣まで戻って陸遜と敵を挟み撃ち、か?けど、甘寧の野郎はどこ行っちまったんだ。また一人で敵陣に突っ込んで行ったとしたら、手柄取られちまうな。俺も行くべきか?)

思案を巡らせながら、首に巻いていた巾で汗を拭っていたら、突然後ろに気配を感じ、泥の中から身を翻らせるようにして間合いを取って両節棍を構えた。
が、先ほど棍を受けた肩がずきりと痛んで顔が歪んでしまう。
だが凌統は、肩の痛みを目の前に現れた男のせいにして、構えを解いて大げさに肩を竦めてみせた。

「ああ、あんたか。とっとと本陣まで逃げ帰っちまったのかと思ったぜ。」
「へっ、お前もどっかで敵に捕まったのかと思ったぜ!」

甘寧であった。
奴もここに隠れていたのか、そこかしこ泥で汚れていて、袈裟がけにしている鈴もまた音が響かないくらいに泥がこびりついていた。
そこに、凌統が身を起こした時に撥ねた泥が、甘寧の露出したわき腹に付着してどろりと滴り落ちる。
滴り落ちていたのは泥だけではない。金色の髪に覆われた頭から額の広範囲にかけて、鮮血が流れ落ちていた。
その、禍々しい形の鎌首もまた、血と脂が滴り落ちていたけれど。

「あんた、頭やられたのか。」
「おう。しくじっちまった。てめえも肩をやられたみてえだな。」

ばれている。
甘寧が下から掬い取るように睨みつけて笑う。凌統は、それを見下ろすように目を細めて薄く笑って受けとめた。

「まあね。さて・・・どうするよ。」
「中央の敵砦の、高台に抜ける間道を見つけた。奇襲に使えそうだ。敵は気付いてねえみてぇだし、俺はそっちに向かう。」
「あっそ。んじゃあ俺は手っ取り早く、あそこの拠点を制圧して、戦線確保でもしますかね。あんたには負けないよ!」
「誰がてめぇに負けるかよ!」

凌統はそんな甘寧の言葉を交わしながら、走り出そうとした。
が、すぐに後ろから腕を掴まれて強く引っ張られ、何だと文句を言おうと甘寧のほうを振りかえったら。
唇を奪われた。
掠め取るとかそんな可愛らしいものではない、感触がしっかり分かる、その一瞬すら永遠のように思える程の強烈な一発だ。
金糸のような甘寧の髪が風に流れているのが妙に目に焼き付いて、戦の音も草のそよぐ音も何もかもが聞こえないのに、息遣いだけが聞こえた。

すぐに甘寧が凌統の体を放り投げるように突き飛ばす。
凌統も特に赤面することなく、むしろ殴られて口の中を切ったときにするように、唇の端を親指で小さく拭って、甘寧を睨みつけた。

「・・・頭やられて、いかれちまったってかい?甘寧さんよ。」
「景気づけだ。んじゃ、せいぜい気張ってけよ!」
「へっ、あんたに言われたくないっての!」

そして、互いに背を向けてそれぞれの向かう先に走り出した。
どうしてかさっきより己の志気が上がっているのに気付いた凌統は、小さく笑ってさらに足を加速させた。


あいつよりも先に、辿りつくんだ。
砦へ、そして勝利を勝ち取って、本陣へ。
そして、あいつがのこのこ帰ってくる姿をゆったりと迎えてやって、たっぷり皮肉を込めてお帰りって言ってやるんだ。
あんたは喜ぶよなあ?

(俺も頭いかれちまったかぁ?)

やっぱ、生きてなくっちゃな。
凌統はもう一度小さく笑って、砦に足を踏み入れた。













6の二人のイメージを戦場で現すなら、こんな感じ?・・・と、たらたらと書いていたら、出来てしまったのでアップしました。
お互いに”てめぇには言われたくない””あんたにだけは負けない”って言ってるって、どんだけなんですか。
攻める場所が違えど、きっと赤い糸・・・いや、赤い血みたいなもので心ががっちり繋がってるんだろうな。
ハン城の関羽と、定軍山の劉備・張飛みたいに。
そして・・・キスしてる二人の周りには、他の兵士もいると思うんですが、その辺はまあ、孫呉の兵は出来た兵ということでw