追憶と曖昧なアイボリー(凌統)


※現パロです。
※※二人が別れます。






たっぷりと時間を費やして紡いだ言葉は、別れの言葉と呼ぶには余りにも惜別に満ち溢れて、ついには語尾が掠れてしまっていた。

「・・・・・甘寧・・・・・・・・・・・・別れよう。」

自分でも驚く程穏やかな声は、午後の昼下がりに流れるラジオか何かのように自然に部屋中に響く。
甘寧は黙ったまま凌統に背を向けて、携帯の画面を見ながら静かにしていた。
惨めな声を上げるなと嗤うとか、どういうつもりだといって、いつもみたいに押し倒しでもすれば出て行けと大声で言えるものを。
沈黙がうるさくて、つい凌統は言葉を続けた。

「別にあんたを嫌いになったわけじゃないんだ。このまま、あんたとずるずる付き合ってるとなんていうか、その、共倒れしちまいそうで。」
「・・・。」

他に好きな女の子が出来たわけではない。甘寧を嫌いになったわけでもないのだけれど、ただ、最近は甘寧との会話はまるでなく、以前のような勢いのある掛け合いや喧嘩もなくなっているのが気になっていたのだ。
このままずるずると月日だけを重ねても、間延びした関係が続いて自然消滅しそうな気がした。今まで想像すらできなかったことが、容易に見えてしまって愕然としたのだ。

「だったら、そういうのなしにしてさ、いっそ普通に戻ったほうが・・・」

甘寧とは気づいたら一緒にいて、友人になる間もなく体を繋いでしまった。
告白みたいな契約めいたことは一切していないし、むしろそんな型に嵌る関係でもなかったから恋人であったのかもわからない。
だから凌統は、“友達に戻ろうぜ”と唇の裏まで出かかった言葉を慌てて飲み込み、言葉を選びながら甘寧に話しかけた。
でも、ああ。
どうしてこんなに言い訳めいた言い方になってしまうんだ。
凌統はうつむいて、フローリングの継ぎ目に目をやった。
甘寧が少しだけこちらを向いたのが、目の端に映った。

「・・・嫌いになったわけじゃねぇんだな?」
「・・・ああ。」

それだけは本当だと、凌統は力なく首を縦に振った。
すると、甘寧は首だけを凌統のほうへ向いて、いつもと変わらずにっこりと笑ったのだ。

「わかった。いいぜ。」






まず変わったのは、甘寧とめっきり会わなくなったことだ。
元々甘寧は物を持たない奴だったから、ほぼ同棲状態であったのにも関わらず、凌統の部屋には何も残さなかった。
唯一凌統に残ったのは甘寧の連絡先だ。
甘寧に必要以上に連絡する事もなくなったけれど、別に離別を望んでいるわけではないから連絡先を消す必要もない。いつ何かあった時に連絡できるようにしておかないといけないし、だから残している。
・・・それは単に、甘寧との見えない糸を繋ぎ止めておきたいからだとは、凌統自身分かっていた。
それでも凌統は時々携帯を取り出しては、甘寧から着信やメールが来ていないか眺めては、溜息をついた。

(やれやれ。もう、そういうんじゃねえってのに。)

もしかしたら、もう奴は女の子をとっ捕まえてるかもしれないのに・・・。
それを肴に酒を飲むことだってできるけれど、想像するとどこか胸がさわつくのはどうしてだ。

そんなことを悶々と考えていたら、仕事の合間に突然甘寧から連絡が来た。
胸が高鳴るのを抑えるように、平然と携帯の通話ボタンを押して耳に押しあてる。

「何だよ。」
「凌統。今日暇か?」
「ああ、まあ暇だねぇ。」
「なんだよテンション低いなお前。まあいっか。夜よ、飲みに行こうぜ。」
「いいけど・・・。」

ぶっきらぼうに、歯切れの悪い返事ばかりなのは言葉がすぐに出てこないからだ。でも、全く変わらない甘寧の言葉に凌統はどこかほっとして、元々甘寧に対してはそういう風に対していると自分に言い聞かせながら、軽く場所を確認しあってひとまず通話を切った。



凌統の仕事場近くの居酒屋で落ちあい、酒を酌み交わしながらの話のネタは主に近況報告であった。
話すのは主に凌統だ。最近仕事でどこにいったとか、女の新人が凄い巨乳とか。話が途切れるのが怖くて自分自身でも恐ろしいくらい饒舌になっていた。
そんな凌統に対し甘寧は、焼酎をちびちびと飲みながら静かに耳を傾けているだけであった。

(どこからどう見ても、野郎同士の“友人”だよな。)

凌統は心の中で唱える。大丈夫、大丈夫と。
甘寧が今どこで何をして暮らしているのか聞きたいけれど、聞きたくない気持ちもある。
甘寧のことだ。きっともうとっくの昔に自分のことなど忘れ去って、とっとと一人でどこかに歩き出しているに違いない。
自分だけが置き去りにされているのを思い知るのは、まだ少し怖かった。
居酒屋にいるのに、ちっとも酒が回らない。酔う暇すらなかった。

あっという間にいい時間になって店を出、それぞれ違う方向につま先を向けながら凌統は甘寧に向かって口を開いた。

「また何かあったら一緒に飲もうぜ。じゃあな。」
「ちょっと待て。」

甘寧に腕を引かれ、凌統は純粋に心が跳ねた。
けれど顔には出さず、むしろ煩わしいと言いたげに眉間に皺をよせながら振りかえった。すると、じっと凌統を見据える瞳がそこにあったのだ。

「・・・何よ。」
「ちっと付き合え。」





「う・・・、」

無理矢理腕を引かれて連れ込まれたのは所謂ラブホテルだ。
乱暴にベッドに引き倒されて服も半分が身体に引っかかっている状態で、無理矢理後ろから貫かれた。

「っィ、・・・ってぇ・・・」

久しぶりすぎて快感よりもめり込む痛みのほうが勝っている。痛い、痛い。
でも。
凌統は歯を食いしばって腹の中で蠢く甘寧を感じながら思う。
ここが部屋じゃなくてよかった。これ以上、部屋にあいつの面影を探すのは嫌だ。
それからバックでよかった。甘寧の顔を見ないで済む。泣いている所を見られなくて済む。
だって、それでも嬉しいとか寂しすぎるじゃないか。
ろくな抵抗すらできないまま、むしろ悦んでるなんて惨めすぎるじゃないか。

「・・・ん、う・・・」
「・・・。」

“なあ、あんたは新しい相手が出来たかい?”なんて尋ねられないなんて、いつから臆病になったんだろう。
こんなに胸が苦しいのなら、いっそ自然消滅のほうがよかったのかもしれない。

そんなとき、シーツを硬く握りしめる凌統の拳のうえに、甘寧の熱い掌が降りてきてそっと覆った。気付けば背中に何度も落ちる唇も、腹を撫でる仕草もやたらと優しくて、凌統はつい喉を震わせた。

「あ・・・」
「凌統、」
「・・・んっ・・・呼、ぶなっ」
「・・・凌統。」



強く重なり合った手だけが真実とか、そんなのは信じたくない。
でもあんた、どうして俺を今日誘ったんだ?
どうしてこんなことするんだ?
・・・己惚れていいのかよ。あんたとは終わったんじゃないって。
あんたと愛しあったのが、少し形が変わっただけだって。
だって最初からあんたはいきなり隣に来たから。
だからこれからずうっと、あんたと一緒にいる自分を時々夢に見て、胸に秘めて生きていくだけなんだ。
それは、唯一あんたと一緒にできないことで・・・。

ぐるぐると頭の中を回る思考は突きあげられる度に薄れてゆく。
自分の内を何が支配してゆくのかわからないけれど声を上げて、歯を食いしばって凌統は果てた。
ぬるい涙が頬を伝ってゆくけれど、それを拭う指はどこにもなかった。



(・・・俺はあんたにずっと恋をするんだ。)







永遠に恋をするのは、ハッピーエンドだと思うのです。
ずっと永遠に糸は繋いだままでいられるのですから。