空白は明白なアイロニー(甘寧)


※現パロです。
※※二人が別れます。
※※※「追憶と曖昧なアイボリー」の対になっています。





凌統は、話があるとはっきりとした前置きを告げたわけではなかった。
いつものように“なあ、甘寧”と、眠る前に誘う時とほぼ変わらない台詞がそれに当たったのかもしれないけれど、だから甘寧は、特に気を改めるような真似はせず、凌統に話しかけられても呂蒙からきたメールを読んでいたのだ。

「・・・・・甘寧・・・・・・・・・・・・別れよう。」

目を見開いた。
横から頭を殴られたような不意打ちはじわじわと身体に広がり、甘寧は様々なことを考えはじめた。
趣味の悪い冗談なのか。
冗談だったら許さねぇ、このまま押し倒してやろうかと思ったが、凌統はそんな冗談は言わないことを思い出した。
しかし凌統は何を考えているか。何がいけなかったか。
“別れるも何も、俺達って付き合ってたのか?”と言いそうになったが、今までの経験上言ったら凌統が殴りかかってきそうだからやめた。
全ては言葉にならなかった。
その代わりに部屋に居座る沈黙が多くを物語っていて、甘寧が最後に行き着いたところは諦めであった。
凌統に背を向けているから、奴がどんな顔をしているのかは分からない。
凌統の顔を見たほうが良かったかもしれないし、見なくてよかった気もする。
甘寧は、自らの小さなため息に気づくことなく、携帯の画面を見つめ続けた。

「別にあんたを嫌いになったわけじゃないんだ。このまま、あんたとずるずる付き合ってるとなんていうか、その、共倒れしちまいそうで。」
「・・・。」

嫌いになったわけじゃないのか。じゃあ今までと変わらねぇな。
そう、変わらない、変わらない・・・。
甘寧は、自分に言い聞かせるように口に含むように小さく舌先を動かして、ひどく安心した。またそれと同時に、そんな自分自身に驚いた。
いつの間にかこんなにも凌統に深く溺れていたなんて。
甘寧がそんなことを考えているとは思わず、凌統は続ける。

「だったら、そういうのなしにしてさ、いっそ普通に戻ったほうが・・・」
(普通・・・かよ。)

甘寧はどのような関係が普通と言えるのか分からない。今までの凌統との関係が普通であったのだから、むしろこれからが別物になるのだ。
けれど凌統は違った。自分との関係は特別だという。
そこには善悪などないのは当たり前で。
しかし共倒れは違う気がする。
多分、凌統が駄目になっていくのだろう。
そして凌統も自分自身が崩れていくことを想像してしまったのだろう、だからなのか、声色も優しく震えている。どうしてそんなに泣きそうな声をしてやがる。
別れ話をされたというのに、両腕できつく抱きしめたい衝動に駆られた。
・・・そうか、これは別れ話なのか。
もしここで手を伸ばしたら、凌統の決心はぐらぐらと揺らいでしまうのだろう。その先にあるのが、きっと凌統の言う“共倒れ”。
甘寧は、仕方なく携帯をにぎりしめて僅かに振り向いた。

「・・・嫌いになったわけじゃねぇんだな?」
「・・・ああ。」

目の端に映った凌統は案の定、顔を歪ませて今にも泣きそうな顔をして俯いていた。
不器用なのか器用なのか、口元にだけは笑みを作って。
別れの言葉を告げている姿でもやはり、抱きしめたい。
けれど、甘寧はすべてを押し殺して、その代わり笑ったのだ。

「わかった。いいぜ。」





(ちいっと、長居しすぎたのか。)

甘寧は、今まで人の体から体へ渡り歩いてきたようなものだ。
中身に興味を持った女は殆どいない。共に居て面白いと思ってもすぐに飽きて長続きしたことがなく、そのうち女は面倒な生き物と思うようになっていた。
それでも女に困ることがなかったのは、あちらから寄ってくるからだ。気が向いたらその中から良さそうな女を見つくろって少しばかり手をつけてみたり。
その繰り返し。
それに比べて凌統である。
奴と一緒にいた時は、出会った頃や共にしてきた年月を思い返す暇などないほどあっという間で、また長く一緒にいたという実感もない。
そして、別れたという実感もまたないから厄介であった。



凌統から連絡が来なくなった。
甘寧は自然の成り行きでほぼ自宅と化していた凌統の家を出、一応帰り方や場所すら忘れかけていた自宅に戻ってみた。
けれど、自分のものしかない殺風景極まりない空間は、どこもかしこも違和感しかない。
それが嫌で、昔のように友人の家を渡り歩きはじめ、友人宅でも無意識に凌統の面影を探した。
当たり前だが凌統はどこにもない、居ない。
それでも甘寧は凌統に連絡をしなかった。
あいつはきっと、そういうのが嫌なのだろうから。
それに、そろそろ新しい女でも作ってるかもしれないし、寂しいのは嫌いな奴だから。

(・・・多分、俺も、今“サビシイ”って奴なのか。)

そして、甘寧は昔仲間たちとたむろしていた街を歩く時が多くなった。
元々一人で閉じこもっている性分ではないし、古巣に行けば今も何人かは知ってる奴がいる。そして時々連絡がついた奴と酒を酌み交わすことはあったが、話の内容は昔話ばかりで、つるんでいた野郎共の中には結婚した奴もいれば子供がいる奴もいて、皆それぞれの道を進んでいて、空しくなるだけだった。勿論幸せそうな奴には素直に喜び祝福してやったけれども、それだけ自分が凌統と共にした年の長さを実感してしまうのだ。

ひとり。
街の中を闊歩しながら、すれ違う人は皆他人。自分を見つめる人間などいない。
どうしてこんなに胸の中に風が吹くのだろう。
そんな時、ふいにすれ違った女の右の目元に泣き黒子が見えて、後を追った。

「凌統!」

それは、凌統ではないのだけれど。
赤いワンピースを着た女だったのだけれど。
その目元に泣き黒子があって、髪が長かったから。
甘寧はつい、女の腕を強く引いてしまった。



女は甘寧がナンパと即座に判断して笑ったくらいには経験もあって、また甘寧を一目で気に入ったらしく、素直に近くのホテルに引き込まれた。
聞けば、女はキャバクラで働いているというから納得した。

「・・・。」
「ねぇ「黙れ。」

ベッドの縁に座った女の長い髪に手を差し入れ、大きく掻きあげた。
あらわになったのは柳のようなうなじで、凌統にそうしていたように掌を這わせると、肩手で掴めそうなくらいに細くて、手にまとわりつく肌も凌統のそれではない。
肩も、二の腕も、細くて折れてしまいそうだ。
綺麗に盛り上がった胸を見ても欲情しないのに、ただ目元の黒子だけで背筋がぞくぞくした。
だが。

「悪い。」

鼻を掠めた甘い香水の匂いに思わず飛び退いた。
やっぱりこいつは凌統じゃない。
甘寧は言葉を吐き捨て金だけ置いて、ホテルを飛びだした。
痛い、胸が痛い。あまりにも痛くて涙が出そうだ。どうして。
手にした携帯で慣れた手つきで凌統の番号を探し、通話ボタンを押したのは無意識に等しい。
出るか・・・?

“何だよ。”
「凌統。今日暇か?」
“ああ、まあ暇だねぇ。”
「なんだよテンション低いなお前。まあいっか。夜よ、飲みに行こうぜ。」
“いいけど・・・。”



久しぶりに見た凌統の姿はどこも変わっておらず、ホッとしたのは嘘ではない。
凌統の会社は知っているから適当に近くの居酒屋に入って、酒を酌み交わしながらの話のネタは主に近況報告であった。
話すのは主に凌統だ。最近仕事でどこにいったとか、女の新人が凄い巨乳とか。
甘寧はそんな凌統の話よりも、久しぶりの凌統の声を聞けることに心の中で喜びながら、静かに耳を傾けているだけであった。
今日の凌統はやけに話す。それだけ、今の生活を謳歌しているのだろうか。

「でな、営業で外を回ってた時にいい車を見つけてさ。今度ちょっと試乗しに行ってみようかと思ってるわけよ。」
「へぇ。じゃあ俺にも乗らせろよ。」
「あんたはすぐにスピード出すから駄目だね。」

ああ。久しぶりに交わす会話のなんと心地いいこと。
車の話題がでたので、甘寧は僅かに酔いの回った頭の隅でふいに考えた。
今まで互いに同じ道を同じ速度で並行して走っていたのだ。少しずつ少しずつしかし確実に遠ざかり、それでも尚ずうっと互いに見える位置を進んでいるような気がしてならない。行く先はどうなっているのかわからないのに、声は聞こえるし、表情だってわかる位置にある。互いが気になる証拠。
手を伸ばせばほら、いつだって触れられる。
生ぬるいのは好きではないが、一緒にいるのは凌統が嫌がる。
・・・いっそ無理矢理引き離してみるか。

店を出て、それぞれ違う方向につま先を向けながら、凌統がいつもと変わらない涼やかな顔で口を開いた。

「また何かあったら一緒に飲もうぜ。じゃあな。」
「ちょっと待て。」

歩き出そうとした凌統の腕を掴んで引いた。
その太さは、さっきの女の細さよりもずっとしっくりきて、甘寧は凌統が嫌がっても離すものかとじっと凌統を見据えた。

「・・・何よ。」
「ちっと付き合え。」

嫌そうな凌統の顔に身体の内側のどこかがチクリと痛んだけれど、その意味が分からずに甘寧は行く先を睨むことでやりすごした。






「う・・・、」

凌統の抵抗は、記憶の中のそれよりは大きくなかったような気がした。
それでも力任せにシャツを左右に裂いて、ズボンを下着ごとずり下ろして無理矢理後ろから貫いた。
久しぶりの締め付けは中を堪能する余裕のない程にきつく、流石にすぐには動けなかったが、それでも慣らさずに入ったのは少し嬉しい。

「っィ、・・・ってぇ・・・」

低く荒い吐息が二つ。後ろからなので凌統の顔は見えないが、シーツを握りこむ手がその苦しさを物語っていた。
少し腰を引いてみると、己のものに凌統の血が毛糸のように付いていた。
無理矢理したのだからこうなるのは当たり前だとやけに冷静に思いながら、甘寧はその部分を見ながらゆっくりと腰を動かした。
赤い筋は、形を変えても途切れることなく二人を繋ぐ。
断ち切ったら痛いし血が流れるのは、そう。当たり前。
か細くても枯れることのなく湧き出る赤い血は、こうして凌統に繋がっているのだ。
多分、こういうものを赤い糸というのではと甘寧は思った。

「・・・ん、う・・・」
「・・・。」

甘寧は凌統に覆いかぶさりながら、未だきつくシーツを握りしめたままの凌統の手に自分の手を重ねて、強く腰を動かし始めた。

去る者は追わない主義だ。
でもそれは凌統以外の話。こうして身体を繋いで今更思い知った。
こいつは、こいつだけは違う。
俺はこいつが好きで好きで仕方がねぇんだ。
お前の今なんて知るか。
好きだという言葉がてめぇの重荷になるのなら言わない。
でもその代わり。

「あ・・・」
「凌統、」
「・・・んっ・・・呼、ぶなっ」
「・・・凌統。」

名前くらい呼ばせろ。
キスくらいさせろ。
俺、普通なんか知らねぇからよ。
それくらい許せよ。
どうせずっと、独りなんだからよ・・・!

甘寧は、凌統のしなる腰を後ろから強く抱きしめながら、熱い背中に頬を寄せた。












(あんた、どうせもう彼女いるんだろ?)
(あぁ?お前だっているんだろ。)
(・・・。)
(ぎゃははは!スカした凌統さんはモテねぇってのかよ!)
(・・・誰のせいだと思ってんだっつの・・・)
(・・・。)
(・・・。)
(・・・。)
(・・・。)
(おい。)
(何よ。)
(また家に行ってもいいか。)
(・・・どーぞ。)


痛み分けの関係です。
甘寧は凌統と一緒にいることで寂しさを知ってしまうといいな。
どこかで二人がまた一緒に走り出すか、それともずうっと互いに恋したままでいるかはまた別の話ということで。