美装(郭嘉と賈ク)



よく晴れた昼下がり、賈クは砦内に設けられた幕舎で、次の戦に向けて策を練っていた。
官渡での勝利の美酒に酔うことなく、すぐに逃げる劉備を追いかけたのだが、逃げられてしまった。
劉備は南方に逃げた。
と、なると劉備は、この中華で曹操に対抗できる国力を持つ孫呉と手を結ぶ可能性が高い。
そんな孫権と、戦慣れしている劉備軍が相手となれば、こちらの兵力が圧倒しているとはいえ、今までの戦とは勝手が違う。
緻密に策を練る必要があるのだが、曹操は少し事を早急に進め過ぎているように賈クの目には映った。
賈ク自身が策に嵌め、命を散らした典韋の事もあるのかもしれない。だが、それより勝利の勢いが曹操に取り憑いているようなのだ。
負けを知らない者は敗北への恐怖を抱くようになる。
しかし、連続しての勝利、ましてや討てる相手を追跡し、取り逃がしたのだ。今の曹操は、恐怖を忘れている・・・。
賈クには、地図上を横に伸びる長江が、不気味な蛇のように見えた。

「・・・さて、どうしたものか」
「やあ、賈ク殿」

卓の上に広げた地図に目を落としながら、顎を撫であげた時だった。
自らの思考とは正反対の、頭に花が咲いているような優雅な声が後ろからして、小さくため息をついた。
首だけを僅かに入口のほうに向けてみれば、案の定にこにこと笑って柱に凭れている郭嘉がいた。
その手には、酒瓶と二つの杯がぶら下がっている。
しかし、その顔色といったらどうだ。
逆光であるというのに、今までで見た彼の顔色のどれよりも真っ青で、その身体も立っていられないから柱に凭れているのではないかと思ってしまう。
それでも賈クは何事もなかったかのように、再び卓上の地図に視線を落として、口を開く。

「いやはや、貴方がこんな昼下がりから俺の所にくるとは。どういう風のふき回し、か。」
「ちょっと町の女性を口説いていたら、その女性の夫に怒られて追いかけ回されてしまってね。少し匿ってくれないかな。」
「貴方らしいが、その手に持ってる酒がまるで危機感がないんだが?」
「ああ。ついでに賈ク殿と酒を、と思ってね。」

というと、ふらふらとこちらに寄って来た郭嘉は、卓の隅に持っていた酒瓶と杯を置いて、自分は奥の寝台に腰をかけた。
卓の脇に椅子があるというのに、どうして奥の寝台に行くのか。単に具合が悪いだけで来たのならば、実に彼に似合わない稚拙な口実だ。

「飲まないのか?」
「走り回っていたら、少し疲れてしまった。飲む前に、一休みさせてもらうとするよ。」
「・・・。」

弱っている。
走り回ったのは、嘘ではないような気がする。
床に横になって、聞こえてきた溜息は一段と弱々しく、賈クはつい、瞳だけをそちらに向けてしまった。
郭嘉は既に瞼を閉じてはいたが、口元だけは微笑んでいた。
郭嘉の話はどこまでが本当か分からない。本当は誰も口説いておらず、誰にも追いかけ回されておらず、ただここに休みに来ただけかもしれない。
己の病を知られたくない一心で、曹操の元ではなく、自分の幕舎では誰かが来るかもしれないし、己の体のことを感づいている(実際気づいているのだが)俺の元に。

(信頼・・・というより、秘密を沢山持っている俺の元に来たというほうが正しいか。)
「そうだ、賈ク殿。」

ふいに、眠ったはずの郭嘉の声が聞こえた。

「もし、曹操殿が無理に孫呉を攻めようとしたならば、止めてほしい。孫呉は水上戦に手慣れている。我々には兵力は十分にあるが、南方への遠征にも、水上戦にも慣れてはいない。きっと敵の策に嵌るだろう。それよりもまずは荊州だ。押さえたばかりの土地をもう少し固めてから、孫権もろとも劉備を討ったほうが、勝利をより確実に得る事ができるだろう。」
賈クは目を丸くした。
己と同じ事を考えていたとは。しかし、どうして今。まさか、この卓の上の地図を素通りしただけで何を考えているのか分かったのか・・・。
いや、それを言うためにここに来たのか・・・?
やれやれ・・・。

「それは、貴方の口から曹操殿に進言したほうがいいんじゃないのか?何せ、今の俺に曹操殿の目を長江から逸らせる自信はない。貴方のような信頼もあまりなければ、最悪首が飛ぶかもしれん。それは避けたい。」
「策士の貴方なら、どうにかできるんじゃないかと思ってね。」
「・・・とんだ無茶振りだ。」

そして、郭嘉は眠りについた。
その横顔は酷く穏やかなのに、賈クはつい眉を顰める。
もしかしたら数日の命なのかもしれない。それでも、病床につくことなく、誰にも、曹操にさえ病を悟られることなく、短い生を終えようとしている同僚。
次に彼が目を覚ましたら、一緒に策を考えるのも面白いかもしれない。賈クはらしくないと思いながらも小さく口元を綻ばせて再び卓上の地図に目を落とした。









久しぶりに6猛将伝のレジェンドモードをやってみたら、いきなり郭嘉(プレイヤー)と賈ク(副官)が親愛になってて、萌えたので勢いで書きました。
実はこの二人の絡み・・・好きです。