最終手段・前編(OROCHI2甘凌)


※in三方ヶ原。無双OROCHI2のネタバレを大いに含みます。




凌統は戦場に降り立った時、空を仰いで目を閉じ、大きく鼻から息を吸った。
ゆっくり息を吐きながら目を開ければ、既に見慣れた異世界の茜空と雲。けれど、世界は違えど鼻につく戦火のにおいだけは、元の世界と同じで妙な気分になる。
既に呂蒙や福島正則らの軍勢が、自分の横を走り抜いていく。
らしくない。
初陣から今までこんなことをしたことはなかった。進軍の鐘が鳴れば真っ先に掛け敵へと突っ込んでいくのに、この地に奴がいるかもしれないと思うと、心が躍ると同時に寒気にも似た高揚を覚えた。

三方ヶ原。

「さってと・・・。俺も行きますかね。」

凌統は、自分に喝を入れてつま先に力を込めた。






トウ水で三蔵法師とともに助けられた凌統は、そのまま討伐軍に加わった。
陣営に入ってしばらくしてから、自分が助けられた仕組みと経緯を、先に陣営に加わっていた呂蒙に聞かされたが、凌統はよく理解できなかった。
時空を超える?そんな事が出来る奴がいるのはこんな異世界だし、一人くらいはいてもいいだろう。
呂蒙曰く、この討伐軍はほぼ討ち死にした将で編成されていて、自分もそのうちの一人であるらしい。
凌統は己の掌を見た。皮膚の下を走る血管は確かに血流を持ち、体温もある。今ここにいる自分は確かに生きている。
死んだ実感などまるでない。
凌統自身、己の死を覚悟したことや死を目の当たりにした事は何度もある。そしてそういう人物たちは、未だ皆帰ってこない。・・・己の父も含めて。
でも、この世界では・・・否、この時だけは、死に逝った者と再び相見えることが可能らしいのだ。
陣営の中で呂蒙と再会を喜ぶ酒を酌み交わしながら、凌統は呟いた。

「・・・結構、何でもありな世界だよね。」
「ああ。しかし、その何でもありのお陰で我らは助かっているのだ。」

呂蒙は嬉しそうに顔を綻ばせた。
が、その横にいる凌統は妙に複雑な気持ちである。

「しかし凌統、お前はトウ水で一体何をしていたのだ。」
「あ?ああ・・・。誰かがとっ捕まってるって聞いてさ。行ってみたら三蔵さんで・・・かっこ悪いけど俺が捕まっちまってね。」
「そうであったか。」

そこで、凌統はちらちらと陣営内を見渡し、やや声を潜ませて呂蒙に尋ねた。

「あの・・・呂蒙殿。甘寧の野郎は、まだいないの?」

この異世界に来てから、ずっと気になっていたことだ。
凌統は甘寧の行方を知らない。
妖蛇が現れてからというもの、どちらもどこへ向かうということなく出兵しそのままである。

「うむ。奴はおらん。どこに行ったのか誰も知らぬというから・・・奴を助ける術は・・・今は皆無だ。甘寧がいれば、この上ない戦力となるのだが・・・。」
「・・・そうかい。・・・ま、でも味方がこれだけ集まってきてるんだ。あいつがいなくても、どうにかなるんじゃないですかね。」

自分に言い聞かせるように、凌統は大げさに肩を竦ませたが、本当は動揺していた。
そこで、丁度いい具合に後ろから声がかかり、振り返ってみれば、異世界の武将である加籐清正と福島正則が呂蒙に向かって歩み寄ってきたところであった。
凌統は己の落胆を気づかれないで済むと、そっと胸をなで下ろす。
しかし“おっさん”で振り返って返答するあたり、呂蒙は自分がおっさんであることを自覚しているんじゃないかと思いながら、凌統も杯の中の酒をこくりと飲んだ。そして、酒に浮かぶ自分の顔をぼんやりと見つめる。
凌統がトウ水へ向かった本当の目的は、甘寧の探索だったのだ。

(一体あいつはどこにいやがるんだっての・・・。)

時間を超えるにも、甘寧がどこへ行ったのかわからないのだから探しようがない。
いっそ自分が出兵する時に、甘寧に行く先を告げていれば。むしろ奴をいつものように追いかけていれば。どこへ行くか尋ねていれば。探す術はあったのかもしれない。
元の世界ではなく、こんな異世界で命を落としたらどうなるのだろうか。元の世界に戻っても、あいつとずっと逢えないのだろうか。
呂蒙に話しかけている福島正則の喧しい口調はどことなく甘寧に似ているが、それを咎めるような気力すら沸いてこない。酒に映る自分越しの異世界の赤い空も世界も、とんでもなく高く広く思えて涙が出そうになった。
そこへもう一人、近づいてきた。孫呉の武将の仲間である練師だ。

「皆さん、お楽しみのようですね。ふふ、私がお酌しましょうか。」
「それよかお姉さん!妖魔の情報に詳しいんだろ?なら、妖魔がいっぱいいる場所、教えてくれよ! 男・福島、何かたまってきててよ・・・!ぬおー!マジ暴れたい!ガチで!」
「あらあら、では三方ヶ原などはどうですか?多くの妖魔が集まっていると聞きました。それから・・・」
「しゃあああっ!やってやんぜ!」
「・・・。それから、一人暴れ回る猛将がいるとか。」

一人暴れ回る猛将?
凌統は自然と口に近付けた杯を止め、横目で練師をみると、練師も丁度凌統のほうを見たところで、目があってしまいそそくさと目を逸らした。
練師は穏やかに笑っている。

「練師殿、それは本当か?」
「あら、ひょっとして・・・呂蒙殿も、あの方を思い出されました?」
「うむ、“暴れる”というあたりがな・・・。あいつなら、俺が行って連れ戻さねばならん。」

(三方ヶ原・・・)

「おい、ええと・・・福島正則、だっけ?」

凌統は自分の杯を置いて立ちあがった。その瞬間に、福島正則が今にも殴りかかってきそうな剣幕で近づいて来て、自分よりも背が高いというのに下から掬いあげるようにして睨んでくる。
その様は、やはり少し甘寧に似ていて、凌統は一瞬本気でその面を殴ってやろうかと思った。

「ンだコラ?誰だてめぇ!」
「凌公績ってもんだよ。俺もちょ〜っと暴れたくってねぇ。三方ヶ原に俺も連れてってくれよ。いいでしょ?呂蒙さん。」
「あ、ああ。敵勢が多数となれば、味方も多く必要となろうしな。」
「ちぇっ、おっさんが言うなら仕方ねぇか。邪魔すんじゃねぇぞ!」
「はいはい。」






そうして、かぐやが陣営に作っていた、青白く光る円陣の中に入ってみれば、いとも容易く三方ヶ原に両足を着いていた。
成程、時空を飛ぶとはこういうことかと考える暇もなく、凌統は空を仰ぎ、そして走る。
前をゆく呂蒙を追い抜き、颯爽と先陣を貫いている福島正則をも追い抜いて・・・

そこで目についたのは、あまりにも見慣れた長い金髪の半裸の男であった。
辺りに敵が群がっているというのに、凌統はその場で立ち止まり、その男は見間違いではないか、夢ではないかと目をごしごしとこすってみるが、目の前で暴れる男は得物の大鎌を振るい、雄叫びをあげている。そして、やはり聞き慣れた鈴の音が、チリチリと男の動きに合わせて鳴っているのだ。
凌統は涙が出そうになって、もう一度目をごしごしと擦った。
男は身体中から血を流している。肩で息をしている。瀕死だ。それでもその顔に浮かんでいるのは実に楽しそうな、狂気じみた笑顔。
そうか、あんたはここで死んだのか。
あんたはそんな風に死んだのか。
戦場を心の底から楽しんで、死んだのか。
一瞬、凌統は近づいてもいいだろうかと躊躇ってしまったが、その前に身体が動いていたのが全て。
甘寧の背後を狙った妖魔に向かって、両節棍を投げつけ、そのまま甘寧に近づいて叫んだ。

「甘寧・・・こんな所で何してんだよ!」
「ぁあん?・・・何だ凌統か。見てわかんねぇかよ、喧嘩だ喧嘩!」
「そういう事言ってんじゃねぇっつの・・・!」

戦は楽しんでやるもんじゃあない。策を持って回避できれば回避する、敵を殺して奪取する最終手段だ。ましてや人殺しを喧嘩などと言ってなんて楽しむなんて最低だ。
でもこんな異世界だ、敵の妖魔は人間じゃない。人間じゃないなら殺してもいいとは思わないけれど、世界全体に殺意が溢れるこの異世界は、甘寧にとって本当に楽園になるのかもしれない。華々しく散ることのできる最適な場所なのかもしれない。
死にたい場所が戦場なのは凌統も同じだ。武官はいつだって戦という最終手段に身を投じるための、死ぬのが仕事な人間だから。
でも、俺もあんたも、一人で馬鹿やれる人間じゃないんだよ・・・!
凌統は甘寧を狙ってきた妖魔に向かって、思い切り飛び蹴りを繰り出し、そして叫んだ。

「あんたは死に方を求める程そんなに強くないだろ!」
「・・・!」
「せいぜい思い知りな・・・!」







つづく

OROCHI2で以前書いた「慟哭」の逆バージョンです。
つづきは近日更新します。