悪戯と罠(西涼&甘凌)


拍手ハロウィンネタに大幅に加筆しました。




「トリックオアトリートオオオオ!」

突然孫呉の領域に蜀の錦馬超が現れたという報告を受け、急ぎそちらへ軍勢を率いて向かえ討つ体制を整えていた凌統は、騎乗の馬超の姿を捉えた瞬間にその異様な感覚に何事かとつい身の構えを解き、ぎょっとした。
凌統が戸惑うのも無理はない。
蜀の軍勢は馬超と、馬超の従弟の馬岱二人だけなのだ。
また、馬超はというと、こちらに槍を向けてはいるが大号泣をしている。そして、一歩たりとて馬をこちらに走らせてこようとはしないのだ。

「すまぬ・・・!俺は貴様に向ける槍を持ってはおらぬ・・・!しかし、しかしっ!菓子を貰わねば貴様を討たねばならぬのだ!正義に背く行為とは解っている、だが許してくれ!」

辺りに馬超の心の叫びともいえる声が木霊するが、全く話の意味が分からない。凌統始め孫呉の兵たちは皆、その場で首を傾げた。

「菓子?槍?・・・・・・ええっと・・・すみません、さっぱりわかりません。」

思わず凌統も素で応える。
やれやれと、馬超の後ろで困り果てた様子の馬岱が数歩近づいてきて馬超の言葉を訳しだした。

「いきなり来てごめんねぇ。でも、大丈夫だよ。俺達は攻めに来たんじゃないんだよ。若がどこからか、“今日はお菓子を貰わないといたずらをする日”って聞いたみたいで。気が付いたら槍持って馬を走らせてるんだからさぁ。急いで追ったら孫呉に来ちゃったみたいだね。お騒がせしてごめんねぇ。」
「・・・・・・・・・・・・つまり、お菓子あげればいいんだよね。」
「そうそう。若も泣くことないじゃない、それに若って甘いものそんなに好きじゃないでしょ?攻略じゃなくていたずらでいいんだってばぁ。」

そうして馬岱が馬超を諌めつつ馬首を来た道へ向けようとした時、凌統は二つの後ろ姿を見つつふう、と一息。そして面倒そうに後頭部を掻いた。

「待ちな。」
「?」
「菓子じゃねぇけど・・・攻めに来たんじゃないなら、それなりの待遇はできますよ。俺の邸でよかったら飯でもご馳走しますけど?」
「えっ・・・?」

西涼の二人は思いもよらぬ応えに思わず振り向いた。

「・・・・・・でも、さ。俺達・・・」
「まあ、敵の人間が来たからには、殿には報告させてもらうけどね。」
「いいのか?」
「たまにはそういうのもいいんじゃないかね。じゃ、俺の後をついて来てくださいよ。みんな!客人が来たんだ。盛大に持て成すよ!」

凌統が声をあげるや、辺りの兵たちは一斉に馬超と馬岱に向かって頭を垂れることひとつ、陣形は素早く行軍且つ二人を護衛する形になった。
そして、孫呉の凌統の邸で二人は凌統と、そしていつの間にか酒宴に参加していた鈴甘寧との4人で酒を酌み交わし、久しぶりに心より楽しむ夜となった。

(しっかし、あの馬超の野郎が思ういたずらって、槍を向ける事なのか?)
(若の頭にはちょっとしたいたずらっていうのがないんだよ。)
(・・・堅物だな。)
(冗談も通じない時が多くて困っちゃうのよ。)





それから馬超と馬岱は凌統の邸に一泊し(勿論ちゃっかり甘寧も凌統邸に泊まっている)、翌日に蜀に帰ることにした。凌統はもう少し滞在してもいいと言ったのだが、”突然来た身、そう長居もできぬ”と馬超が言い張った所以である。
凌統は邸に着くとすぐに孫権のもとへ伝令を走らせて二人が来た事を孫権に報告していたからか、次の日の朝方には孫権の使者が凌統の邸にやってきて、蜀と劉備、そして、劉備に嫁いだ尚香に渡して欲しいと言って孫呉の名産である品々を持ってきてくれた。

二人の荷駄をまとめ終わる頃には、既に陽は西の山に半分が隠れていた。凌統は甘寧とともに二人を見送るために邸の前に出て、馬に騎乗した二人を見上げた。また、二人を護衛するために数人の凌統の部下を当てている。
空は既に朱色に染まっている。風は然程寒くはないが、夜ともなれば・・・また、江の上流の蜀へ向かうともなれば、寒くなるであろう。だが、そこは北方は西涼出身の二人だ。きっと寒さには強いから大丈夫か・・・。
騎乗の馬岱が二コリと笑った。

「突然来たのにこんなにもてなしてくれて本当にありがとう。若も楽しんだみたいだし、ご飯は美味しかったし、甘寧殿と凌統殿の話、面白かったよぉ。」
「いやいや、俺達も西涼の話なんて本当に話でしか聞いたことが無かったから、目から鱗でしたよ。」
「世話になったな。この品々、確かに劉備殿に受け渡そう。しかし護衛など俺達には必要ないぞ?」
「建業から少し出ると山賊が出ちまうんだ。客人が孫呉で襲われたらこっちの面目が立たねぇ。それにあいつ等も孫呉の領内までついていくことになってるし、寝泊まりにはこいつ等使って孫呉の砦でも使ってくれや。そう遠慮すんなって。」
「・・・じゃ、若。そろそろ行こうか。」
「ああ。次相見える時は、戦場かもしれんがその時こそ正々堂々勝負だ!」
「こちらこそ。道中気をつけてくださいよ。」

凌統が手を振ると馬超は僅かに頷き、即座に馬の腹を蹴って俊足で持ってその場から去って行った。
甘寧と凌統はその姿が見えなくなるまでその場に居た。
しかし、蜀の二人の姿が遠くなれば遠くなる程、二人の笑みは消えてゆく。
甘寧は眉間に皺を寄せ唇も真一文字に結んでいる。凌統のほうは、やや冷めた目をして腕を組んだ。
無言。
先に口を開いたのは、凌統だった。

「・・・どう思う?甘寧。」
「多分、あの馬超は本気で菓子を貰いに来たな。だが・・・」
「ああ。馬岱のほうは、少し探りを入れてきたね。」

酒宴の最中、主に話をしていたのは凌統と馬岱であった。
甘寧は酒や運ばれてくる飯をたらふく飲み食いし、時々耳に入る凌統の話に茶々を入れて、やや怒った凌統が反応し、いつもの喧嘩になりかけた所を馬岱が諌める場面もあった。
そんな3人とは対照的に、馬超は孫呉にやって来た時の剣幕とは裏腹に常に黙っていて、静かに杯を傾けていた。
凌統と馬岱の話題は、主に西涼の文化や自らの事、そして孫呉の風景やこのあたりの街のこと。西涼、又は蜀と孫呉の文化の違いに驚いたのは事実であったが、凌統は一切戦の事や戦に繋がる情報はあえて口にしなかった。それでなくとも、二人がさりげなく孫呉で見聞きした情報は情報として蜀の軍内に流れるだろう。
そこに、馬岱は少々口を入れて来たのだ。

“でも、凌統殿の一族も、最初は孫家の下にはいなかったんでしょ?”
“まあそうだけどね。でも孫家に反抗してた豪族は孫策様が居た時点で潰してるし、このあたりは結束してるよ。前に曹操がこっちの裏切りを図ろうとしてきた時があったけど、あの時は面白いぐらいに失敗してるよ。”
“へぇ〜。西涼の豪族と同じような感じだね。ね、若!”
“ああ。”

客人とはいえ敵対国の人間だ。
しかも二人とも名を馳せる武将。
帰り際にあれだけ孫家からの品々を持たせたし、護衛を付かせた事で孫呉の他の地方を見て回ることはできないだろう。また、護衛が戻らなければ蜀に難癖をつける口実が出来る。

「・・・ま、馬超さんのほうは実直だし変な真似はしないだろうから、あの人がいれば馬岱もある程度行動を抑えるんじゃないの。」
「だな。あとはあいつ等が蜀に帰ったらの話か。それよか凌統・・・」

おもむろに甘寧は横に居た凌統の顎を無理矢理掴み、不敵に笑った。
凌統はやや驚いたが、直ぐに甘寧の思考と展開が何となく解って、けれどそっけなく何事もないようにそれを見下ろす。

「ちょっと、顎痛ぇよ離せっつの。」
「昨日は馬超が言うには“菓子をくれなきゃ悪戯する日”だったよなぁ。」
「そうだね。」
「俺はまだ菓子をもらってねぇが、悪戯してもいいんだな?」
「悪戯に許可って必要なわけ?」
「・・・ハっ、上等だ!」

いつの間にかすっかり陽も落ちて辺りは紺色に染まっている。
二人は夜の気を纏いながら、邸の奥へと消えて行った。







「ちょっとー!諸葛亮殿!!」

孫呉と蜀の分かれ目で孫呉の兵たちと別れ、そのまま真っすぐ蜀へ帰って来た馬超と馬岱であったが、まず二人は劉備の元へ行き、いきなり孫呉へ行った事を詫び、そして孫呉からの贈り品を劉備の元へ届けた。
劉備は二人を叱咤することなく、息災に帰ってきてくれたことを喜んでくれて、すぐに品を持ってその場を後にした。きっと尚香のもとへ向かったのだろう。
劉備が退席したのち、馬超はそのまま邸に戻ったが、馬岱は所用があるからといって道を別にした。その行き先は諸葛亮の邸。
月英にもてなされた馬岱は速足で真っ先に諸葛亮の室に嘆きながら進む。
そんな諸葛亮といえば、いつものように羽扇片手に静かに書簡を読んでいて、馬岱の声にも書簡からやや瞳をずらす程度の反応しか見せない。

「お話は伺っています。ご無事なお帰り何よりでした、馬岱殿。」
「若に“お菓子を貰わないといたずらをする日”っていう意味の呪文を吹聴したの、諸葛亮殿でしょ!?もう、若を追うの必死だったんだよ?どうしてあんなこと言ったのさぁ!」
「吹聴とは少々心外ですが・・・。ですが、馬超殿が孫呉へ行くのは計算の内でした。そして、貴方が馬超殿を追って行く事も。」
「・・・ていうことは・・・」

馬岱の灰色の大きな瞳と目が合うと、諸葛亮は嬉しそうに目を伏せて羽扇で口元を隠した。
すべて見通していたのだ。
馬超は(なぜか)己の言葉通りの行動をせねばならないと思い込む、そして、行く先は馬超の仇敵のいる曹魏ではなく、馬超のなりの“いたずら”を仕掛けることができる孫呉を選ぶ。そして、馬超を追って馬岱も馬を駆る。
そうすることで、孫呉の国内の動向を探る事が出来ると考えたのだ。
最も、諸葛亮がその言葉を知ったのはつい最近で、馬超への思惑の大半は、“これを言ったらきっと馬超殿は面白い反応をしてくれるだろうなぁ”という、ただの気まぐれだったのだけれど。
だが、それは馬岱には言わないでおいたほうがいいだろう。だから、諸葛亮は素知らぬ顔で尋ねる。

「孫呉では、どなたかに逢えましたか?」
「あっちの将軍二人に逢えましたよ。凌統殿と、甘寧殿。凌統殿の邸で宴に呼んでもらって、そのまま寝て帰って来たよ。」
「成程・・・。」

甘寧と凌統・・・。赤壁でその姿と武は見ている。孫権に近しく共に前線を仕切る武将二人だ。裏切りには使えない。甘寧のほうは蜀の生まれだとしても、孫呉で働くのが性にあっているのだろう。そしてこちらの地理も知っている。また凌統のほうは孫権の武将でも古参の内に入る。敵国の将が突然現れたのだ、一際警戒したことだろう。

(他の孫呉の将や文官などには近づけなかったでしょうね・・・。)
「でも、南船北馬ってやつを実感できたよ。孫呉の人たちは好きだけど、暑いし水路が多くて本当に馬は使えない所だねぇ、困っちゃったよ。でも・・・」
「でも?」
「・・・宴の席で若があんな風に穏やかにしている所、久しぶりに見たからさ。行ってよかったよ。」

灰色の瞳が宴を思い出してか優しく綻んだ。
馬超も馬岱もこの蜀に来て久しい。が、馬超はその性格のせいか近寄りがたい雰囲気を醸し出しているし馬超自身も常に緊迫しているように馬岱の目には映っていた。
しかしあの宴の席の馬超といったら!
黙ってはいたが常に口元に笑みを蓄え、周りの言葉を肴に酒をすすり、本当に楽しそうだったのだ。
諸葛亮は馬岱の笑みで察した。
西涼の二人は・・・特に馬岱は、馬超がいる限り孫呉にはもう刃を向けることができないだろう。
馬超は、自らの心を落ち着かせてくれた孫呉には私怨はなく、むしろこれで好意的に感じたことだろう。そして馬超の心が安らぐことは馬岱自身の望みでもある。

(私も少々、遊びが過ぎましたね・・・。)
「・・・解りました。西涼のお二人には引き続き曹魏の侵攻をお任せしますよ。」

そして諸葛亮は、再び手元の書簡に目を落とした。






最初の一言を馬超に言ってほしいがために書きました。
(トリックオアトリートという字面を見た瞬間、馬超の絶叫ボイスが頭の中で再生されたため)
ですが、その後は全然ハロウィン関係ないですねw孔明の罠・・・ていうか、孔明の気まぐれだったということでw
しっかし、蜀も書きやすいなー!