Mr.Liar(OROCHI2 郭嘉&元就)





元就が遠呂智討伐軍に合流してから、幾分か時が過ぎている。
その間にも、新しい武将が続々と合流してきているが、古の文書の中でしか知らなかった英傑達の本物の姿を見、元就はその存在を知り心ときめかせる傍ら、心の僅かな隅で落胆も感じていた。

今日も元就はふらふらと陣営内を歩く。
さて、今日はどの武将と会話を交えようか。この間はあの賈クと共に出陣し、離環の計をその目で見ることができ、感動すら覚えた。
その後、関羽の髭も触らせて貰ったし・・・ああ、もうここは地獄だけれど天国のようだよとつい頬を綻ばせたその時、堂々と馬に乗り戦から帰陣した曹操を元就は捉え、目をさらにきらきらと輝かせ拳を握った。

「おぉ、魏の曹操だぁ!いやあ、やっぱり凄いなぁ。こんなに遠くからでも覇気が伝わってくるとはね。信長公と似ているというのも頷けるが・・・私などが話かけるにはおこがましいかなぁ。」

と、元就は目の輝きをいつもの眼に戻し、再び辺りを見回しながらふらふらと歩きはじめた。

「貴方が、毛利元就殿・・・かな?」

後ろからのゆったりとした声に呼び止められ、振り向いてみると魏の郭嘉が穏やかな笑いを浮かべて佇んでいた。
そういえば、郭嘉とも話をしていなかったなとやや心躍る気持ちになった元就だったが、郭嘉もあの賈クと同じで神算冴えわたる武将、元就はあえて抑えて後頭部を小さく掻いた。

「ああ。私が毛利元就だよ。貴方は郭嘉殿、だね。」
「ふふ、貴方の話は賈ク殿から聞いたよ。賈ク殿は“何とも自分と似ていて話しにくい”と言っていたが・・・随分おっとりしているのだね。」

元就は何も言い返せず小さく笑って答えた。
そんな元就の様子に口元をさらに綻ばせた郭嘉は、それよりもと話を切りだす。

「誰か探し人でもいるのかな?既にこの陣営には随分多くの武将が集まっているけれど・・・。」

流石あの郭嘉、侮れない。今の少しの会話だけで心の中を読まれたかと、賈クと話をした時とは別な、警戒にも似た感情を覚えた。
が、郭嘉はこちらを攻めようとはしてはいないようだ。
確かに今、元就は人を探している。それは古の武将ではないが確かに武将であり、最愛の・・・
元就はやや口籠り、声色を小さくして言う。

「・・・ああ・・・いや・・・私の息子を探していてね。」
「息子?ああ、さっき皆で貴方の陣営で話をしていたようだよ?」
「いや、あの子たちじゃあなくて・・・あの子たちの、兄だよ。私の嫡男だ。あの子は私より先に死んでしまってね。この世界にいないかと探しているんだが・・・しかしどうやら、居ないようだ。」

元就自身が、この世界の成り立ちを分析して弾きだした答えは、この世界にいる武将は、遠呂智の生み出した時空の歪みに巻き込まれた“その場にいた人間”しかいない。
この世界に放り出される直前、既に元就は嫡男・隆元を失っていたが、もしかしたらこんな世界、隆元もどこかで巻き込まれてはいないかと探していたのだ。
郭嘉は涼しげな顔を変えず元就の話を聞いていた。
毛利元就は他の国の武将同様、自分より千年以上後の世界からやってきた他国の武将だ。その知謀は賈クより聞いている。聡い人物故にこの世界の現状を知り、その最愛の息子がいないと既に諦めかけているようだ。その証拠に、やや垂れた眉毛がさらにハの字に下がってしまった。
そして、賈クからは聞いてはいないが、この毛利元就という武将は他の武将よりも歴史に通じているとも噂で聞いた。
ならばきっとこの自分の生涯の顛末も知っているに違いない。
この身体の病魔のことなど、特に。

「・・・しかし、この世界にはついてこなくてもいいものも、あるね。私の“持ち物”と引き換えに、貴方の御子息をこの世界に引き込んではくれないものだろうか。」
「・・・。」
「貴方は、私の死を知っているのだろう?」

郭嘉は思う。
どうせこんな世界に落ちてきてしまったのならば、健康な体でやってきたかった。
しかし、病は己の影に絡まった鎖のように解けずに一緒に憑いて来た。それでも戦での熱、咆哮、生への願望は忘れてはいない。
ふと、郭嘉は一つの答えに辿りついた。
この世界で己に与えられたのは、絡まった鎖を千切ってそして元の世界に帰ることなのではないか。
ならばいよいよ死ぬわけにはいかない。どうせなら、元の世界で死に逝きたい。
考えていた最中、じっと郭嘉を見ていた元就が口を開いた。

「・・・貴方がいつ死ぬか、確かに私は知っている。だがそれは告げるべきことではないと思うんだ。それを告げたのなら、私の知っている“郭嘉”への敬意を失うことになる。貴方だけじゃない。私はここにいる古の英傑たちの顛末は皆知っている。だからこそ、私は英傑たちに敬意を払いたいし、出会えたことに感謝したいんだ。」

元就の言葉に、郭嘉は久しぶりに目を丸くした。
ややあって、高らかに笑い声をあげた直後、胸の病が疼いて僅かに眉を顰めたがなんとか堪えて再び笑った。
そうだ、忘れていた。
真実と現実は似ているが違う。
真実は本当のこと。現実は目の前にある実態だ。現実の反対は、理想。
この世界は、現実を新たな現実に塗り替えられることができる世界。現実と己の限界を超えることが結びつく可能な世界だとしたら。
ならば、私も私の現実の限界を超えて真実へ行こうじゃないか。

「ありがとう。貴方も賈ク殿も私も、真実と嘘を織り交ぜて嘘に変えることが得意だ。逆も然りだね。だが、現実を嘘に変える事は中々難しい。けれどこの世界ではそれが可能かもしれないのだね。だから、私も敢えて嘘を言うことにするよ。・・・貴方の御子息は、生きている。・・・そしてきっとそれは現実になる。」

郭嘉は小さく元就の心の臓を指差して言う。
そして元就は郭嘉の言葉を受けて、きっと人はそれを“希望”だというのだろうと思い当ったが、この陣営に既に希望は満ち溢れている。だから敢えて口にせず、小さく笑うだけに留まった。
そんな元就に、悪戯っぽく郭嘉は覗きこむようにして笑った。

「ということで、策士の貴方と是非酒を酌み交わしたいのだけれど。」
「やれやれ・・・酒は控えているのだけれどね。郭嘉殿からのお誘いは断れない、か。」

祖父も父も兄も酒で身を散らした。そして、目の前にいる病魔に侵された策士もまた、酒に死ぬということは隠して、元就は郭嘉とともに飯店へと足を運んだ。






対語。
真実(本当のこと)⇔虚偽(いつわり)
現実(今目の前にある事象)⇔理想(考えられるうち最高なこと)
嘘=現実とは異なることを信じさせようとすること
珍しくタイトルが先にきました。某ムックのアルバム曲を聞いて、これ郭嘉の歌だと思って。
嘘が本当になれば、という歌詞でピンときて。
そして突きつめていったら哲学的なところにまで及んでしまいましたとさ。