抑えきれない(郭賈)





曹操は目の前で繰り広げられている光景に目を丸くした。
眼前とはいえ、宴の一場面に過ぎず、他の者たちも各々が楽しんでいるのでその一角でしかないのだが。

「そうだな・・・ではここに兵糧庫を置いて、張遼殿に守らせよう。彼ならば、偽の伝令でもどうにか打ち破ってくれそうだからね。」
「あははぁ、流石郭嘉殿。成程そうきたか。ならばこちらは裏を突こう。本陣東の砦に偽の伝令を入れる。伝令は夏侯惇殿で、張遼殿が裏切った、とね。東の砦を守っているのは李典殿だ。」
「・・・成程、すると、兵糧庫が奇襲にあう可能性があるな・・・。」

郭嘉と賈ク、軍師二人が互いに卓を寄せあって、自らの皿や碗を砦や将に見立てて卓の上に陣を作り、小さな戦を開いていたのだ。
その間、郭嘉の酒はいつも以上にがばがば進み、顔は見た事のない程綻んでいる。賈クも賈クで、表情はいつもの怪しいそれではあったが、ちびちびと酒を飲みながら決して陣形から目を逸らすことはない。
こんなにも二人が楽しく話している様子は、陣営などでは見た事がない。

(ふむ。郭嘉も奴をあれ程認めたか)

曹操は自らの酒を一口すすり、口元を綻ばせた。





「・・・と、殿から言われてしまってね。」

再び郭嘉から宴に誘われた賈クはじっとりと遠い目をして酒を啜った。隣の郭嘉はとても嬉しそうにこちらを見ている。

「曹操殿にそんな所を見られていたか・・・。なんとも恥ずかしい話だ。」
「おや、どうしてだい?」
「子供みたいにはしゃぐ姿なんざ、俺は見られたくないんでね。」
「戦で策が成った時はあれ程楽しそうじゃないか。」
「実践と卓上とでは違う。それより郭嘉殿。そろそろ酒を控えたらどうだ?また倒れられたらこっちが困る。」
「あはは、賈クよりは断然強いから大丈夫だよ。」

酒の強さと身体の具合はあまり関係ないと思ったが賈クは言葉にはせずに、大きく酒臭い溜息をついた。

「そういえば、一度尋ねたかったんだが。李典殿の勘を郭嘉殿はどう思う?」
「勘、か。理屈がないから戦では何ともいえないね。」
「だが、当たる。金儲けでは当たらず、戦では当たる勘と聞いた。となれば、理屈があれば彼の言葉も十分策に使えるんだが。」
「李典自身が理屈を言葉で補えない。そこは武官と軍師の違いかもしれないね。」
「李典殿は学問も好きだと聞いた。どうだろう、今度少し話をしてみないか。」
「それはいい考えだね。彼の“ピンとくる”とはどういうものか、二人で聞いてみよう。」

それから郭嘉は浴びるように酒を飲みながら、しかし少しも顔色を変えず笑顔も変えず、あの時の戦はどうだの、あの時の策はこうだっただのと話しはじめた。
ついて出てくる言葉は戦のことばかりで、この軍師もまた、自分とあまり変わりはないのではないかと賈クは思った。
戦で頭を使って喜ぶ変わり者は一人ぐらいでいいはずだが・・・
いや、この軍は変わり者だらけ、似た者が一人ぐらいはいてもいいのか・・・。
それを思えば、本当に目の前の優男が命を取り留めてくれて本当によかった。そうでもなければ、策を共に喜ぶ者が居なくなってしまう。

「他人とあまり接点は持ちたくはなかったんだが・・・。」

賈クの呟きを耳にした郭嘉は唇を止め、笑顔が少しばかり強張った。

「それは違うと思うよ。」
「ん?」
「私は忘れないよ。私が戦で倒れかけた時、賈クは自分の武器を放ってまで私に肩を貸してくれた。・・・それは賈クの優しさだと思うのだけれど?」
「・・・」
「人には感情がある。だからこそ感情や心に揺さぶりをかける策が成る。賈クも他人とは思ってはいても、別な部分では違う存在だと思っているんじゃないかな。」
「誰をだ?」
「私をだよ」
「自分でいうか、普通」
「あはは、・・・あれ?」

ふと、気が付いてみれば宴は二人を残して誰もいなくなり、終わっていた。話が弾みすぎて周りが目に入らなかったようだ。
賈クは参ったといわんばかりに両手を大きく開いて肩を竦めた。

「軍師が周りの様子に気がつかないとは、これは軍師失格だぁ。」
「いいじゃないか。ああ、賈ク。私の邸で飲み直さないかい?君は西涼の出身だったね、西涼の酒の話が聞きたいんだ。」
「・・・あんたは帰って寝たほうがいい。」
「じゃあ送っていってくれないかな」
「・・・。」

やれやれと、賈クは隣で未だ笑っている青白い顔をした男の腕を取り、よろよろと立ちあがった。
とにかく、意外とこの男はよく話すしよく飲むしよく食べる。それなのに身体が弱いとは。
誰にでも弱点はあるもの。この男の弱点は突くまいと思った自分自身と、以前のように肩を通して感じる体温に賈クはなぜか赤面した。

「・・・ん〜、ちょっと、飲みすぎたか?」








7の魏は郭嘉と賈クたんが仲良しでひっくり返るかと思いました。
しかも呼び捨てって!何あのおじさん可愛い!
ついでに職業衣装のおじさんも可愛い!
ここに元就公をぶちこみたい!!