無常なれど(100万人の戦国無双 毛利隆元)






これは、全てを失っても尚生き続ける、人間の皮膚を被った物の怪の今までの懺悔であり、そしてまた地獄へ落ちる身ながらも移ろう時を傍観してきた己への刃である―。


死に際してやっと、生への渇望が溢れて止まず、隆元は内臓を突き上げる痛みの中で、歯を食いしばり笑みを漏らした。






隆元は、尼子攻めの最中、尼子と通じているという噂が立っていた和智から、宴の招待を受けた。隆元は快く了承したが、毛利両川として名を馳せる弟たちは必死に反対した。
武略・調略・謀略を得意とする毛利の中で、人の和を重んじることが自らの生きる術だと気付いた隆元は、これに応えればこそ、尼子と通じている和智の心も崩せることができようと弟たちに説いた。また、同じように元就へ告げると、父・元就は頬を綻ばせて、ただ“行っておいで”と言っただけだった。
ここ数年、父・元就は中国をその手に掌握せんと領土が隣接している武将と睨み合うことが多くなった。大規模ではないが、戦も交えている。
西は九州の大友、南は一条・長宗我部、東には尼子をはじめ、きりがない程乱世を手にしようという者が多くいた。
隆元自身、九州に出陣して落とした城がある。大友自身はよくわからないが、その下の家臣団が堅固であった。
長く続く戦は不要と大友と同盟を結んで、現在は宿敵の尼子攻略に毛利の全力を注いでいる。父・元就は現在、小早川に手をまわして長曾我部に睨みを効かせつつ、内部分裂している尼子を攻めている。この戦は、大内を攻め滅ぼして波に乗る毛利勢の勝利に終わるだろう。
安芸吉田を出立した隆元は、柔らかく笑って皆に手を降った。
心配そうな弟達の顔を見て、九州にて大友宗麟が同盟に承諾してくれた時のことを思い出し、大丈夫だから、と、隆元は一つ深く頷いた。

(そ、そうだ。あの大友殿も首を縦に振ってくれたんだ。よく話し合い文で治めることが大事なんだ。それでも駄目なら武で制するしかないけど・・・。で、でも、尼子殿を安芸の同盟に組み込める事ができれば、いよいよ中国は毛利のものだ。わ、私も仕事が増えるな。今までのように、後ろ向きに考えている暇もないくらい忙しくなるかな。・・・時が経てば、わ、私も・・・毛利家当主として一人前になったと思える日がくるかもしれないな。)


和智の館に入り、暫く挨拶を交わしたところで宴の部屋へ案内された。
丁度雲影から月が顔を出して、大きな鴉が濃い雲の塊を横切るところだった。それを長い前髪越しに少しだけ見、既に座っていた武将一人一人に頭を垂れて、隆元は一番奥の空いている上座へ座った。

“兄貴、和智に何か不穏な動きがあったら、すぐにでも殺したほうがいい。どうかこれだけは忘れないでくれ。”
“そうですよ、兄上が居なければ毛利は終わったも同然です。”
“そ、そんなことないよ。幸鶴丸がいるじゃないか。それに・・・父上も・・・”
“・・・っそのような事、おっしゃらないでください!”

ここへ来る直前の弟たちの進言は、隆元の頭からすっかり消え失せていた。

「さあさあ、隆元殿。もう一献。」
「あ、ああ、ありがとうございます。こ、こんなにもてなされるなんて、とても嬉しいです。」
「いやいや、元就殿もこれ程信頼高きご嫡男をお持ちになり、大変羨ましゅうござる。」
「い、いえ、私は何もできぬ若輩者です。ですから、これからも和智殿のお力を借りていきたいのです。よろしくお願いします!」

宴も中盤に差しかかり、ほろ酔いの中で和智の領地の中で行われているという神楽舞の一団がやってきた。田植えを行う時期に、領内の神社の境内で行うというそれは、隆元のためにわざわざ用意したという。

沢山の鈴が共鳴し、波紋のように辺りに鳴り響く。強く床を打つ舞人の足音は大地の神を鎮める動作。同時に豊穣を捧げ、祈る。
時に、神は人を喰らう、鬼となった神は隙を見せた瞬間にこちらを嗤うのだ。
隆元はすっかり魅入っていた。

「・・・っ!?」

突然やってきた。
隆元の内腑を突然の激しい激痛が襲った。酔いが回ったにしては鋭い吐き気と手足の痺れに、一服盛られたと気づいた時は既に遅し。
太刀に手をかけようとしたが、手足が痺れてまともに動かすことができない。空を切った手は膳の上の徳利に当たり、転がった酒が袴を濡らした。隆元はそのまま膳をひっくり返して床を蠢き、喉に手をやるも余りもの吐き気に口元から吐瀉物を垂れ流していた。その汚物は、いつの間にか血に変わっていた。
共に連れてきた赤川が何かを叫ぶ。
霞みかけた瞳に映ったのは、和智の家来に赤川が胸を刺されて倒れたところであった。あの分では、きっと他の場所で待機していた供等も・・・。

(・・・私は・・・愚かなんだ・・・)

長いこと人目に触れていなかった瞳が、前髪の分け目から覗き出る。
その瞳に映ったのは、床にだらりと垂れながら痙攣している己の腕と、次々と何かを叫んでいる和智の姿だった。
それでも、隆元は和智を悪人だと思わなかった。
むしろその刃は隆元自身に向かう。
正しかったのは、また弟たちだ。
他人を信じたかった己は間違っていないと思う。それでいいとさえ思う。けれど、己を信じて付いてきて命を落とした家臣等にはなんと詫びればいいのか。

「もうこいつは虫の息だ。ほうっておいても事切れるだろう。山にでも捨て置け!・・・せめてもの情けだ。首はそのままにしてやる。自分の甘さを思い知るんだな!」

これで毛利も終わりだと笑っている和智は、隆元の体を肩に抱えた。その拍子にう、と呻いた隆元の口から再び血が流れ、和智の袖を汚した。

「もうこの袖は着れんな。・・・あとで焼き払おうぞ」
(・・・わ、私を殺しても・・・何にもならないのに・・・)
(・・・もうとうの昔に思い知ってるよ・・・)
(そ、それでも、・・・私には・・・それしか生きる道がないんだ・・・)

己が討たれたと知ったら父は何を思うだろうか。弟たちはどう思うだろうか。嘲笑うか?それもいい。それが、自分に見合った反応だろう。
だが、いづれにせよ和智は殺されてしまうだろう。

(・・・避けるべきことも・・・止められずに・・・私は・・・)

いつしか隆元は涙を流していた。


2へつづく



5,6年前から温めていた話です。
当所は信隆にする予定でしたが、どうにも話が二人に繋がらないし、隆元と信親とでは色々考えも時代も違いすぎるので無双設定に書きなおしました。
にしても、お兄ちゃん。ああお兄ちゃん、お兄ちゃん。(五・七・五)