長曾我部信親、四国大返し(信隆?)

04の続きでございます・・・

信親と親忠兄弟は、甲板から瀬戸内の海を眺めていた。
空も涼やかに晴れ渡り、波も穏やか順風満帆。いい航海日和だ。いっそこのまま四国に戻らず、遠海に帆を張ってまだ見たことも聞いたこともないようなものを探しに行きたい気分。
そこでふと、親忠が何かを思い出したように信親のほうへ向く。

「そういえばね、信ちゃん。」
「んー?」
「隆元お兄ちゃん、大内さんと陶さんに夜伽を迫られたんだって。」
「・・・・・・・・・・・・・。」

信親は爽やかな目で瀬戸内の大海原を見つめる。
その出で立ちは、四国の鬼・長曾我部嫡男に相応しい風貌を持っている。
そんな、毛利の嫡男の夜伽など・・・

「面舵いっぱぁぁぁぁい!!!中国に引き返すぞ!」

気になって気になって、仕方がない。
長曾我部信親は68%が毛利隆元でできています。

「えええええええ!?これから四国に帰るんじゃないの!?」
「馬鹿ッ!それからが気になるだろ!!隆元がどうしたのか!!」
「信ちゃんが馬鹿っていった!!お兄ちゃんはねえ、」

珍しい長兄の慌てように一番驚いたのは親忠だったが、この三男は自分のいいように考えるのが大得意だったりする。
隆元が大内勢の魔の手を回避したことを親忠は知っていたが、信親の様子をこのまま見ているというのも楽しそうだ。

(面白そ〜。このまま止めないで見〜てよ♪)

「隆元は、なんだ?」
「いやあ?もしかしたら受け入れちゃったかもしれないなあと思ってさ〜。」
「!!みんな!急げ!!」

そうして、長曾我部の船による前代未聞の四国大返しは繰り広げられた。
はっきりいって、家臣たちがいい迷惑である。


その頃中国。
隆元は、長曾我部の船を見送るついでに村上武吉や乃美宗勝ら小早川軍を率いて、先の台風によって荒れた海辺を眺め回っていた。
(この仕事は元々隆景にやらせようとしたが、親忠の件で拗ねて大暴れしてしまったのでやむなく隆元が行うことになった)

「坊、坊ン〜〜〜〜!!!」
「・・・武吉、隆元様と呼べ。」
「うるせえ、宗勝!それより坊大変だ、長曾我部の船が帰ってきた!!」
「おや、忘れ物でもしたのかなあ?」


いや、戦仕掛けにきたんだったらどうするよ。
暢気な毛利の嫡男に、水軍の将二人は顔を見合わせて苦笑い。
そうしている間にも、七つ酢漿草の紋の帆を張った軍船はこちらにすごい速さで近づいてきて、少し速度を緩めたかと思えば大柄な男がまだ浜についていないのに海に飛び込み、こちらに泳いでくるではないか。

「あれは・・・・・信親殿!?」

隆元が名を呼んだ彼の男は濡れて重くなった羽織や具足や、まとわりつく波に苛立って急いでいる風な仕草を見せながら明らかに隆元の元へやってくる。

「隆元!!」

低く澄んだ大きな声が、白い浜辺に響く。
隆元も、信親の急いだ様子に砂浜に波が届くぎりぎりの所まで馬を走らせ、地に足を着いた。

「何でしょう!?」

隆元も珍しく大きな声で返す。
信親は肩で大きく息をしながら、もちろん頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れになって隆元の傍へ寄ってきて、なにやら神妙な面持ちで隆元の両手をガシっとつかみ上げた。
何事かと隆元は問おうとしたが、顔を思いっきり近づけられ、無意識に一歩足を引いた。
砂に足が埋もれ、その場に尻餅をつく。

身を起こせば、まだ両手を握ったままの信親が、こちらを真剣なまなざしで見ていた。

波が押し寄せる。
信親の髪から海水が滴り落ち、隆元の浅黄の小袖を濡らす。
灰色の瞳の底に波が映り、綺麗な光を作っている。
瞳から瞳が離せない。
隆元の胸は高鳴り、高い空で鳴く鳶の声が遠くに聞こえた。

「よ、夜伽・・・」
「・・・・・・・は?」
「夜伽、したのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・は?・・・・・・」
「だからっ!!」

そこで、信親は自分が言う順番を間違えたことに、やっと気がついた。
一気に顔がボッと熱くなる。
隆元も隆元で、こんな状況で夜伽なんて単語を聞いて、信親が赤くなって固まるものだから、心の中のあまりつつかれたことがない部分が一気に沸点に達し、真っ赤になって硬直している。

「い、いや、その。親忠から聞いたんだ。大内殿と陶殿からよ、夜伽を・・・迫られたって・・・・・・・」
「・・・」
「ご、ごめん。ごめん隆元!」
「・・・・いや・・・・・」
「え?」
「・・・・・・・・・・・・そのようなこと・・・・・・・・・・・・・していない・・・・・・・・・。」

うつむきがちの切れ長の目は少し紅く染まっていて、波の取り留めのない動きを追いつづけている。
近くの林にいたカラスが、カアと一鳴きし、信親はやっと隆元の手を離した。

「あ、あ!そ、そうだよな!!うん、そうだ。ご、ごめん。ごめん隆元!じゃあ俺四国に帰るから!」
「待たれよ。そのような形(なり)では風邪を引いてしまう。すぐそこに小早川の館がある。着替えを用意させよう・・・。」
「あ、隆元も濡れちゃったな。」
「…全く。海に飛び込むようなことをしなくてもいいではないか・・・。」

二人そろって砂浜に腰掛け、頬杖をついて一部始終を見ていた武吉と宗勝はつぶやいた。

「・・・俺にもいい人現れないかなあ。」
「私も妻に会いたくなった。」







安芸滞在シリーズは是にて終了です。