流星(信隆)

「もう私達だけだ。」

長曾我部軍と共闘した奇襲戦は、成功でもあり失敗でもあった。
撤退の時は読み間違えなかった。間違ったといえば敵の動向だ。あちらの援軍が早くに着いてしまったのと、追っ手数が予想以上に多かったのだ。
殿役を努めた者はことごとく討ち取られ、しかし悲観に暮れてはこちらがやられる。
なんとか信親と隆元は追っ手を振り払い、自軍の安宅船が見える小高い丘の上まで逃げてきた。

「追っ手は?」
「今のところ。」

隆元は首を横に降ったが、微かに漂う血の臭いがまだ油断はできないといっている。
2騎は騎乗のまま、そこで少し休むことにした。
風が信親の髪と羽織を揺らす。馬が草をはみ、どちらのものとはいえない具足がチリチリと音を立てるのに生気を感じて、隆元は一つ息をついた。

「馬は苦手だ。」
「ハハ・・・舟にはあまり必要ないからですか?」
「いや、土佐の馬があんまり好きじゃないだけかもしれない。乗るなら木曽がいいな。」
「ああ、それは私も同じだ。木曽馬にて、この崖を下り降りてみたいものです。」
「あ!」

ふいに顔を上げた信親が声を上げた。
つられたように見上げると、そこには見たことがない世界が広がっていた。
丸い闇天井に金銀珊瑚をちりばめたような、星の煌めき。
流星の雫がどこからか溢れては、燃え尽きて水平線の彼方へ落ちてゆく。

「こんな・・・夜空を見たのは始めてだ。」
「・・・。」

夜空なんて漢字二文字では溢れてしまう大きな大きな空。
これを表現する言葉を探すが、適当な言葉は見あたらなかった。そしてやがて、夜空は言葉を見つけようとする己のちっぽけさを知らせてくれた。
こうして戦っている状況すら、空も大地も風もただこちらを見据えて黙っているばかり。


「信親殿!!」

隆元の一言で一気に緊張が走った。
追っ手はまだいたようだ。丘の土に幾筋かの矢が突き刺さり、信親の背後を狙った強弓は、咄嗟に抜刀した隆元が振り返りざまに斬り落とした。
しかし、降り注ぐ矢が数本、隆元の馬の尻に刺さった。
手綱を引いて静めようとするが、興奮した馬は隆元を振り落とす勢いで暴れ狂う。

「隆元!」

間一髪のところで、信親が隆元の帯に腕を引っかけ自分の馬へと乗せてなんとか落馬は免れた。だが、隆元の馬はどこかへ行ってしまったし、追っ手の弓はまだ絶えない。

「すまない・・・しかし少ししつこい皆さんだ…。」
「ああ。見逃してくれてもいいのになあ…どうする?」
「数は多くはない。我らだけでも事足りる。」

隆元は、信親の馬から下りて矢の応酬を避けながら改めて敵兵数を数え直した。
信親も背中に背負った大太刀を抜く。

「願わくば、降ってくるなら弓より星のほうがよかったんだけどなあ!」
「ふふ、では参ろうぞ!」

聞こえない法螺貝が鳴る。
二人は拳同士を軽く突き合わせ、追っ手のほうへ流星の如く走り出した。







馬に乗ってるのが書きたかった。