灰と雨A(信隆)



一艘の軍船があった。
一艘とはいえ、大きな船体には重厚な装甲が施してあり、風を受けてはためく家紋入りの紫の帆は、本当の鬼ヶ島からやってきたような雰囲気を醸し出していた。
瞬く間に船から砂浜へ板がかけられ、甲板から身が締まり日焼けした男達が溢れるように陸へと流れ込んできた。

「野郎共!!金目のものは全部運び込め!」
「うおおおおおお!!!」

海賊は嵐を連れてきた。
地鳴りのような男達の声が戦場にこだました刹那、雲行きの怪しかった空が一気に啼いた。
雷鳴が轟き、気迫に押された民兵達が逃げ惑う。海賊たちは僧兵や毛利の兵士からありったけの金を命を奪い取ってゆく。

「あ・・・。」

来たのは援軍ではなかった。
隆元の中のわずかな希望が絶望に蝕まれてゆく。
どうしようもない。
この流れは私ではどうしようもない。
元春なら、隆景なら、華麗ともいえる手腕で切り抜けていただろう。
しかし私にはなす術がない。

腹を、切りたい気分だ。

カクリと、膝が折れた。


「殿ッ!!」


すぐ近くで呼ばれた気がして振り向いた時、己の真横を首が飛んでゆくのを見た。
ゆるりと後ろを見れば、首をなくした味方の兵が隆元をかばうように両手を広げていた。



生暖かいものは、雨、か?






「ぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわああああああ!!」






無心に刀を振るった。
庇った兵を討ち取った敵の僧兵を脳漿が飛び散るまで八つ裂きにし、脅え震える民兵の喉に容赦なく刃を通し、紫の海賊の背を撫で斬り、緑を纏った者以外を朱に染め上げてゆく。
断末魔と雷雨とを耳の奥で聞きながら、走り抜けた。

「!」

右手を振り上げ、また目の前の紫を切り捨てようとしたら、ガクリと止まった。

「・・・そこをどけ。」
「一騎当千、って感じだな。」

先程まで周りを取り囲んでいた僧兵も海賊も、気押されて震えながら息を飲み、味方までもが各々武器を構えたまま間合いを取るでもなく、ただ立ち尽くしてこちらを見ていた。

心が静まってゆくのがわかった。
気づけば息があがっている。
深呼吸をしようにも、むせかえる血の匂いでそれもままならない。
刀を受け止められた時の衝撃で骨が軽く痺れている。
雨は変わりなく降り続けていて、血のせいか雨のせいか髪が幾重にも頬に貼り付いて、気に食わないことばかりだ。
隆元は舌打ちをした。

「正気になりなよ。ほら、みんなアンタにビビッてるよ。」

目の前に立ちはだかるは、高い背丈ではあるが僧兵たちのような太鼓腹ではない。
長曽我部の目印である紫の陣羽織は雨を吸い込み黒色に似て、その上に乗った色白の面と黒髪は灰色の空の下は似合わないな、とどこか片隅で思った。男は大太刀の鞘で、隆元の刀を止めていた。

「アンタ、ただの武将じゃないな?俺は土佐の長曽我部元親が嫡男、長曽我部信親。御手合わせ願いたい。」
「長曽我部・・・」

隆元はふらふらとよろめきながら、一歩後ろに引いた。
刀についた血は雨に流れさほど赤くはないが、脂のせいでギラギラ光り、おぼつかない手で鞘に収めてもまだ刃が向いているようで。

「いいだろう・・・。私は中国は毛利元就が嫡男、毛利隆元!御相手仕る!!」

長曾我部信親という輩の眼を鋭く睨んだ。
信親は大太刀を鞘からゆっくりと抜く。
隆元も柄に手を掛け、腰を落として走り出した。

「はあああああッ!!」

格と迫の違いとを身を以て感じた兵たちは皆、加勢することも出来ず唖然と見ているしかなかった。
互角だった。
隆元が繰り出す居合いは速さで勝り、信親が繰り出す突きは力で勝る。
二人の剣技の応酬はまさに目にも止まらぬ鮮やかさ。
終わりを知らぬ刃の火花。
互いに雨露に濡れ、村雨の宝刀を見た。
演舞のような身のこなし、祈雨の舞の如し。

「貴殿・・・っ阿波はどうした!」
「手に入れた、よ。・・・伊予の西園寺もっ・・・攻めが弱くなったんでねっ!勢いに乗って、こっちに乱入しにきたんだ!時期に兄貴もこっちに来るさ!」

キンっと、一際高い音が木霊する。

人間よりも先に刀が絶命したのだ。
鍔競りを繰り返し、折れた隆元の刀は最後の足掻きとでもいうように天に向かって飛び上がり、弧を描いて隆元を庇った兵の首に鈍い音を立て突き刺さり役目を全うした。

「!!」

折れた刀に気をとられ隙ができた。
信親の刃が空気を切り裂き、隆元の喉元に迫る。



Bへ続きます。



戦っているお兄ちゃんが大好きです。