昼の待ち人(現代信隆)


※輪廻も含んでおります。ご注意を。


現在昼の12時23分。
開け放たれた窓から吹いてくる風が気持ちいい。

彼はもうそろそろやってくる。



毎日弁当を持ってきている隆元だが、毎週木曜の昼だけは学食を使っていた。
この大学の学食は和食とスイーツが豊富で、味もなかなかいい。値段も良心的で、大きくとられた窓、それから白いカーテンと白い壁は、いつでも明るい雰囲気で、周辺の会社のOL達にも人気がある。

隆元はそういったメニューどうこうではない、ここに来る理由があった。
席だけは常に一番窓側の一番後ろから3つ前の席と決めていた。
ここからだと、あの人がよく見えるからだ。
あの人は木曜のこの時間しか現れない。
喋ったことはない。
残念ながらというべきなのか、女ではない。

2か月程前になるだろうか、たまたま弁当を忘れてきたから仕方なく一人学食に来てみたら、他の仲間たちと喋りながらトンカツ定食を食べていた彼に、一目で釘づけになった。
180は優に超える長身に濡れ烏の髪、そして曇り空のようなグレーの瞳をしているのに、とても晴れ渡っている表情。
次の日も期待して来てみたら彼はおらず、それから木曜だけを狙って隆元は学食を訪れ、不謹慎ではあるがこっそりと盗み見ては心弾ませていた。

(・・・遅いな・・・。)

彼の人が来るのは大体12時半前後。だがどうしたことだろう。今日は1時になろうとしているのにまだ来ない。
頼んだ唐揚げ定食もゆっくり食べていたのだが、それでももうお新香だけになってしまい、きゅうりを一つ口に運んでポリポリ噛み締め、足を組み直して頬杖をついた。

(今日は来ないのかな?)

「隣いいですか?」

どうぞ。そう言うつもりだった。
しかし振り向いてみたらその声はどこかに消えてしまった。
斜め45度上の灰色の瞳と、その向こうの窓越しに見える青。
見たことがないが、懐かしいと思える光景が隆元の脳裏によぎった。

海が近いわけではない。
それなのに、耳の奥で波の音が聞こえる。


船、社、父上、弟達、中国、義隆様、陶殿、尼子、戦、血、四国、長曾我部、そして・・・


「信親殿・・・」


頭の中の違う誰かがそう呼んだ。
隣に座ろうとしている彼は瞳を丸くして少し驚いてみせたが、再びニコニコと笑う。漆黒の髪が風にそよげば、本当に濡れているかのような光を見せた。

「・・・隣、いい?」

困ったように首をかしげ聞かれた二度目の言葉にも、隆元はただ少し席をずらすことしかできない。
隣に座った彼は、やはり笑顔でこちらを見ている。

「ここで、待っててくれたんだよね?」
「・・・・・・・え・・・・・・・・」
「元就殿は元気?」
「・・・どうして、父の名を・・・?」

隆元の頭の中は混乱している。
待ってなどいない。見ていただけだ。そしてなんで父の名を知っているんだろう。
そして先ほどの脳裏を過った一瞬の映像は知っているが知らなくて、でもどこか懐かしくて、でも知らない。
そんな心の内は無意識のうちに顔に出ていて、隆元はただ愕然とした表情で眉を下げて笑っている彼を見ていた。

「ごめん。いきなり。」

彼は軽く頭を掻きながら笑う。
少し、晴れた表情が曇った気がした。
謝られたが、むしろなぜかこちらが謝りたい気分だ。
でも何に対して謝ればいいのか、それが見つからない。
見つからないというのも何か変だ。

「私は・・・貴方を・・・知らない。今日始めて話した、でも・・・」
「うん。」
「でも、会ったことがあるような気がする・・・。すみません、どこかで、お会いしましたでしょうか?」

見つからないというのではなくて、思い出せないというのが適当だと気付いた。
本当に、大切な何かを思い出せない。
縋るように彼を見つめると、彼は手を差し伸べてきた。
抱きしめられると思って少しだけ身を引いたが、手は片手だけで自分の前で止まった。

「じゃ、これから仲良くしよう。はじめまして!」
「は、はあ・・・はじめまして。」

少々強引だなとは思ったのだけれど、その前に出された手を握ってしまいたいと思ったほうが勝ってしまっていた。
ゆるゆると自分の手をそれと交わす。

「俺は長曾我部信親だよ。名前、なんていうの?」
「毛利・・・隆元。」


その時、また。
海が近いわけでもないのに、風に乗って潮の香りがしたような気がした。







以前フリーで配布していたものです。