鎮魂歌A(春+忠)

ヒュウと、少し焦げた風が吹き抜けた。

目の前の紫の羽織が翻る。

「春ちゃん。」

呼ぶな。

「春ちゃんが、ここにいたのね。」

呼ぶな。

「よかった。」

何がいいのか、全く理解できない。
よりにもよってお前に奇襲を打ち破られるなんてことを、見抜けなかった己が腹ただしい。
元春はギリと歯を食いしばった。

親忠はいつものようにへらへらと笑っている。
そうだ、いつものように。
ただ、巨大な鍵を軽々と肩に担いでいるのだけが妙に不釣合いで、奴も武将だったのだと・・・改めて感じた己がますます憎らしい。

「お前・・・ここで何してる。」
「別に?何も。」
「ちゃんと答えろ。」
「う〜ん・・・じゃあ、足止め?」
「・・・・・・お前だけか。」
「まあね、下ではパパと信ちゃんが戦ってる。和ちゃんと盛ちゃんはお留守番。」
「・・・。」
「やあねぇ、そんなに睨まないでよぅ。イイ男が台無し。」
「黙れ。」
「あたし、戦は嫌いなのよね。別に血を流さなくてもいいじゃない?」
「・・・。」
「命が零れるのは嫌。綺麗事だって笑いたいなら笑えばいいわ。あたしは綺麗なものが好き。」
「・・・。」
「だから、それをちょっとでも食い止めることができるなら、ねえ?・・・・・・ちょっと、この地形が気になってね。パパに内緒でこっちの様子を見にきたら・・・春ちゃんがいたってわけ。」

ひらり、ふらりと。
口調に合わせて身を翻す様子は戦場に全くそぐわない。
毛利にやってきた時だって、いつだって己を追いかけてきてべったりと貼りついて。
全てを着物の裏に隠していて、こういうときだけ饒舌になるなんて。
綺麗事を並べ、それを良しとする思考も理解出来ないのに、不意を突かれるなんて。

(なんて狡い奴だ!)

元春はもう一度、強く奥歯を噛みしめた。

「あの爆発はなんだ。」
「あ〜、緊急用の爆弾よ。和ちゃんのお手製なんだけどね。長曾我部の武将サンはみんな持ってるわよ。でもちょっとやりすぎたかなー?これじゃあ下のほうも大慌てかしら?・・・っと・・・。」

親忠は、突然やってきた殺気を咄嗟にかわした。
左耳を刺すか刺さないかのところで突き立てられた槍の穂先を目線でたどり、元春の顔を見る。
今まで見たことのないような、無表情がそこにあった。
そう、とても、中国総大将の顔にそっくりな面が。

「テメエ・・・・・・斬る・・・。」
「あっは!春ちゃん怖―い。」

親忠はこめかみから一筋の朱を垂らしながら、ニコリと笑う。
笑ってはいたが、しっかりと肩の獲物を握りしめながら、槍を真横に振った元春の二撃目を跳んでかわし、後方に飛び退いた。


しばらくその場には空を切り裂く音が響いた。
一方的に元春が親忠の首や心の臓を狙うが、親忠はその全てを完璧に見切ってひらひらとかわしているのだ。
親忠は己の獲物を握ってはいるが、それを使う気配は全くなかった。
元春は苛立ち、一つ後方に飛ぶと槍を構えなおして親忠を再び一瞥する。

「どうして返してこない。」
「え〜…だって、別にあたしは戦いたいわけじゃないし。それに、春ちゃんが吹っ飛んじゃうかもしれないし。」
「!っ・・・・・・ふざけるな!」

この吉川を嘗めているようだ。
だが、ここで我を見失ってはいけない。
元春は冷静に、冷静になれ…と己に言い聞かせながら荒ぶる呼吸を鎮めようと槍を握った。
すると突然、親忠がこちらに向かって走り出してきた。

「くっ!」

だが。
咄嗟の行動に身構えた元春の横を、親忠はいともあっさりすり抜けて、走ってゆく。

「なっ、ど、どこへ行く!」
「あたしは血を流すのは御免なんだってばー!それにね、海はいつだって、土佐の味方なのよ!」

彼が叫ぶのが先だったか、海に水柱が立ったのが先か。
下方の戦場の海の向こうに、突然船団が出現したのである。
もしや、我ら毛利が水賊ごときに一杯喰わされたというのか!?
そういえば、毛利の奇襲はどうなっただろうか、戦況は?
あれよと考えている間に、親忠の姿は小さくなっていて、こちらに手を振ってヒョイと崖を飛び降りて姿を消したのである。



Bへ続く



うちの忠って・・・今更だけど特殊だよなあ・・・。