手紙(現代親和)

※現パロ・輪廻を含みます。ご注意を!


学校に通っていた頃の得意科目といえば、専ら数学ばかり。
小学校3,4年の時にはもう中学3年で習う問題は解けていて、よく先生に驚かれたものだ。
それから技術。木材を使う授業より、溶接とかネジとかボルトとか。金属を使って何かを作るのはすごく楽しかった。それから科学も得意だったな。
でも、その他・・・例えば、国語や社会なんていう文系の課目は、勉強しても殆ど覚えられなくて、全然わからなかった。

だけど苦手科目なんかよりも、僕にはずっとずっと悩んでいたことがあった。
この体だ。
この体は弱すぎるんだ。
人並みに走ったり運動したりしたいのに、すぐに壊れて動かなくなる。
プールの授業なんていつも見学。
長距離走もそう。
兄弟たちが公園で遊んでいるときだって、いつも僕だけベンチに座って見ていた。

普通にすごしたいのにできない。僕はそんな自分の虚弱な体が大嫌いだったのだけれど、まずはこれから話すことに耳を傾けてほしい。
これは、たまたま掃除途中に押入の奥から出てきた、段ボール箱の中に閉まっておいた秘密話さ。





小学校4年の時の、運動会の直後だった。

その年の運動会は、連日の練習で疲れた体には少し厳しい暑さだった。
去年は倒れて参加できなかった分、今年は頑張って最後まで参加しようと、思い起こせば気力で頑張っていた節もある。
数日前から熱っぽいのを我慢して、喉が痛いのも我慢して、100メートル走と組体操もやりきって、閉会の言葉を聞いた途端。
目の前が突然真っ白になって足の力がカクリと抜けて、薄れていく意識のなかでああ、僕はなんてダメなんだろうと考えていた。

それからはもう大変。
目を覚ましたら病院にいて、そのまま入院する羽目になった。
予想以上に僕の体はひどい状態だったらしく、入院期間は長くなるかもしれないと言われた。自業自得なことはわかっていたけれど入院なんて嫌で、入院手続きで付き添ってくれていた父上にずっと話しかけて、帰る足を引き留めていたんだ。
やがて、父上は熱で火照った僕の頬を撫でながら口を開いた。

「和。」
「・・・はい。」
「お前が他の奴等と一緒に運動したかったってのは分かる。俺等だって、そのためにはお前に協力してやるよ。でもなあ。お前自身が無理してこうなっちまったら、俺等が手を貸してやることができねえんだよ。」
「・・・・・・父上。」
「ン?」
「家に、帰りたいです。」
「駄目だ。」
「でも・・・。」
「じゃあこうしよう。お前は毎日・・・あ〜・・・いや、書けるときでいいから俺に手紙を書け。内容だってなんでもいいんだ。絵だけでもいい。それに対して、俺は絶対返事書いてやっからよ。」
「父上、に?」
「別に俺じゃなくてもいいぜ?信でも忠でも盛でも、クラスの連中だっていい。」

そういって、笑った父上の目を見て、天井を見て、もう一度父上を見て、僕は小さく頷いた。



僕はその次の日から手紙を書いた。
看護婦さんの目を盗んで、まだ微熱のある手で鉛筆を握って、ゆっくりゆっくり書いた。
相手はいつも父上ばかり。時々兄上になったり、一回だけクラスの人たちにあげたけど、鉛筆を握って白い紙を目の前にしたとき、その先に浮かぶ顔はいつも父上だった。

“父上へ。今日は天てきをうちました。はりがいたかった。のどの晴れがひかないってかんごふさんが言うけど、いつなおるでしょう。 和”
‘親和へ 今痛いのをガマンしとけば絶対よくなるから。家では、盛がとうとう肉じゃがの作り方を覚えたぞ。和にも早く食わせてえ。今はしっかり休め。つーかお前担当のかんごふさん、すげーきれいな。今度じっくり話したい。’

“父上え。 きのうは学校の先生がお実まいにきてくれました、 みんなからたくさんお手紙みをもらった。先生と一緒にきた兄上もとてもうれしそうにしてました。よかった。 和”
‘親和へ そいつはよかったな!学校行ったとき、みんなに礼いうんだぞ。つーかお前、漢字はちゃんと覚えろ。苦手なのはわかるけど、漢字はわからねーとあとで苦労すんぞ?今度漢字ドリル持ってくからな!’

“父上へ 兄上や親忠やもり親は元木ですか? まいにち少ししかあえないからよくわからないです。 早くみんなと遊びたいです。 和”
‘親和へ みんな元気だ。でもお前がいないからかなあ。いつもより静かにしてる。調子出ないみたいだ。みんな和の退院を待ってるからな。俺も時間見つけて今度行くよ。’

お昼前の少しの時間が手紙を書く時間だ。お昼を食べて宿題をしていると学校帰りの兄上か親忠が、盛親を連れて様子を見に来てくれる。
その時に書いた手紙と父上からの返事の手紙を交換する。他の兄弟たちも郵便屋さん気取りで少し楽しそうだし、僕自身も手紙を書くのがとても楽しかったし、何より、父上からの返事の手紙を開くあのワクワクがとても楽しくて嬉しかった。

でも、どうしても心の淵に落ちてしまうことはあった。
誰もいなくなって一人で暗い病室で眠っていると、何かが疼きはじめる。
“淋しい”とはまた違う。
点滴を打った腕じゃなくて、熱で強ばる関節よりも、もっともっと奥底に眠る何かが。
こんな所で寝ている場合じゃない、動き出さねばと。
心の疼きと湧き出る焦りの意味が全くわからなくて、苛立ってある日とうとう手紙を書いた。

“父上へ 先生がもうすぐ退院できるといってくれました。それから好き嫌いなく食べるからえらいねとほめてくれました。うれしいです。 父上聞いてください。 僕は体がよわくて父上や兄上たちにめいわくをかけてばかりです。 僕はよわくなんかない。もっと強くなりたいのに、みんなの力になりたいのに、がんばるとすぐに具合が悪くなってしまいます。父上みたいになりたいのに。 和”



数日後、僕は退院した。
荷物という荷物も少なかったから、父上と忠と盛の4人で兄上の待つ家へ帰ったんだ。

「また、こうしてみんなで家に帰ることができて嬉しいです。」
「ハハっ、和。今度和の行きたいとこに連れてってやるけどどこがいい?」
「ええと・・・それでは、海へ。」
「海?和ちゃん、泳ぎたいの?」
「ううん、海が見たいだけです。」
「じゃあ〜、そうだな。今は寒いから、もうちょっとしたらみんなで釣りにでも行くかあ。」
「早く兄上に逢いたいなあ。」



結局、最後に書いた手紙は父上に渡せずじまいのまま、退院したときの段ボール箱の中に入っている。
気づいたんだ。
この手紙の中の父上は、僕だけが知っていて、僕だけのもの。
けどそれよりも、現在の僕が、こうして家族と平和に生きていることが何よりも嬉しいことを。

「さて、と・・・」
段ボール箱を再び押入の中にしまって、僕は途中半端にしていたパソコンの組み立てを再開した。
また、海に行きたいと切望しながら。





「信〜!和が帰ってきたぞ〜!」
「あ、おかえりー!なんか手伝うのある?」
「兄上。」
「親和!おかえり!」
「・・・香川五郎次郎親和、只今戻りました。」
「・・・え?」
「なんでもありませんよ。」







実は信親の次に大好き次男坊。