逃避(現代信隆)

※現パロ・小説家×編集担当者という設定です。


もじもじと、隆元は正座した足の指先をこすりあわせた。
目の前にいる人物はどちらかというと嫌いだが、あえて好きなところを挙げるとすれば、真剣な表情をしたときの、眼鏡の奥の瞳が文字を追って動く様子。
どうしてそうなるか、目の前の人は不思議な瞳を持っていた。
太陽の光を受けたらその熱で潰れてしまいそうなほど、綺麗な灰色の瞳をしていて、それがくりくりと動く様が、やけに黒い縁のメガネに似合っていた。

「あの・・・先生、まだ、ですか?」

チラリと時計を見れば、締め切り時間を過ぎて早3時間。
目の前の“先生”と呼ばれる灰色の瞳の男は、ペンを走らせるばかりで返事をしない。

「あの・・・先生、あと、何ページ、ですか?」
「・・・・・・150、ぐらい?」

ぽそりと聞こえた数字に、隆元は、“先生”に気づかれないように小さくため息をついた。


この仕事に就く前から、長曾我部信親という名前は聞いたことがあった。
“史上最年少で直江賞を取った、イケメン作家”と、数年前にマスコミで騒がれた文学作家。
それから売れっ子作家の仲間入りを果たした彼は、現在新聞・雑誌連載小説4本、雑誌エッセイ3本、出版社契約3社と、とんでもない仕事量に追われていた。
だが彼は、その名が出れば編集者一同が震え上がるほど、業界では出版会社泣かせとして有名だった。
まず〆切りは守らない。取材はドタキャン当たり前。
また、小学生でもパソコンや携帯を持つ時代なのに、携帯は持たず、原稿も全部手書きでメールもしないので(何人か前の担当者に、パソコンを買ってくれと泣きつかれやっと買ったパソコンは、家の隅でほこりをかぶっている)、書いた原稿は全て、その都度各会社に郵送したり、編集担当の者が取りに行ったりしていた。

そんな一介の若い売れっ子作家と隆元が出会ったのは、隆元が出版社に勤めていた、という点ではとても自然だが、隆元は釈然としなかった。



「悪ぃ、毛利。言うの忘れてたんだけど、俺今日でこの会社辞めるからさ。お前長曾我部センセの担当になってな。」
「・・・え?」
「もう担当の話は上に申請して許可降りてるから。ああ、ちなみに先生の原稿スケジュールはマイネットワークに突っ込んどいた。あ、じゃあ俺、これから上と話してくるわ。」
「あ、あのちょっと待ってください!」

入社して早2年。いい先輩もいれば悪い先輩もいる。
この先輩は入社した時点で周りの評判が悪かったが、隆元自身はあまり被害を負うことはなく、むしろ夕飯に連れて行ってもらったりと好印象だった。その時までは。
突然爆弾を投下された。
しかも彼の担当は、あの、悪名名高い・・・。
あれ、今確か、ハードカバーの新刊執筆中じゃなかったっけ・・・?
しばし、隆元は途方に暮れた。


数日前のやりとりを思い出して、隆元はあの先輩がどうなったか気になるけども、腹が立つだけなので考えるのをやめた。
ぼんやりと、目の前の背中を見つめる。
これで、先生の所に来るのは3回目になる。
一度目は挨拶。
二度目は今日と同じく原稿を取りに。(あの時は、小さなエッセイの原稿だったので、そんなに待たなかった。)
じっと先生の背中を見ていても、手が早くなるわけではない。隆元は、少し部屋を見渡した。
先生は仕事場を持っていなかった。
自宅が仕事場。
の、はずなのだが、生活感もなければ、いかにも作家の部屋です!というわけでもなかった。
ものがないのだ。
先生はシルバーの簡素な机に向かって執筆しているが、机の上には国語辞典、漢和辞典、英和辞典、だけが乗っている。
その真横にある小さな本棚には、フランス、ドイツ、イタリア、中国語辞書と、外国の文学小説が片手で数えられるほどと、それから、数冊の画集と自然の写真集。
そして、自分の目の前にある小さなこたつと、コーヒーメーカーのみ。
この人の頭の中は一体どうなっているんだろう、と改めて思いつつ、眺めた時計はさっきから1時間また進んだ。

「あのさ〜・・・」
「はい。」
「コーヒー、入れてくれる?」
「・・・はい。」

これも筆を早めるためだ、仕方ない。
隆元は腰を上げて、机に上にあったマグカップにコーヒーを注いだ。

「ありがと。」
「・・・はい。」

そして、隆元はまた元の位置に戻って正座する。
カリカリとペンを走らせる音と、モカの効いたコーヒー豆の匂いが部屋に広がる。
隆元は、また先生のくりくりと動く灰色の瞳を見つめていた。
すると、先生が口を開いた。

「あのさ、俺あんたの前の担当の人、嫌いだったんだよね。」
「は、はあ。」
「フラフラしてるっていうか・・・原稿取りに来ても馬鹿みたいな話しかしないしさ。辞めたの?」
「ええ。まあ。」
「ふうん・・・あのさ、あんた、絵描ける?」
「絵、ですか?」
「うん、絵。」

すると、先生は今まで書いていた原稿用紙に、明らかに文字ではないものを書き出した。
また会社に帰る時間が遅れる・・・。
シュッシュッと。字を書く時とは違った種類の音がしばらく部屋に響く度、胃がキリキリと痛んだ。
一体何を書いているのか・・・。

「できた。」

先生は静かにペンを置くと、隆元のほうを向いて、その原稿用紙の端を両手でつまんで見せた。
そこには、どこをどうしても褒めようがないようなミミズがのたくっているような線で、鳥っぽいものが書かれていた。
そう、鳥っぽい。
目はエジプトの壁画のようだが、翼のようなものがついてるし。足がどう見ても歪んだ四角形にしかみえないが、嘴っぽいのもあるし。
それよりも、その原稿用紙にあと3行書いたら、次のページに行けたんじゃないか。
そんなの書く暇があるなら文章を書いて下さい。・・・とは、言えなかった。

先生はなんとも軽い表情で隆元を見ていた。

「俺ね、絵下手なんだ。」
「・・・はぁ。」
「これよりいい絵は描けるかな?」
「・・・え〜と・・・」

隆元は返答に困って首をひねった。
絵は、それなりに好きだ。
小学校の頃はよく賞を貰っていたし、高校でも美術を選択していた。
今でも家にいると時々描きたくなるし、時々仕事中も切羽詰まった時などは、傍らのメモ用紙に、机の上の物にあるホッチキスやら糊やらをサラサラと描いてみたりする。他人からは得意分野だろうと言われるが、プロを目指したことはないので、趣味とも言えないほどささやかな“暇つぶし”。
だがしかし、それが今一体何になるというのか。いよいよわけがわからなくなったが、今は素直に答えるしかなさそうだ。

「えっと・・・ええ、まあ、描けます・・・。」

言うが早いか、先生はぱっと表情を明るくし、机の2段目の引き出しから何やら大きなスケッチブックを取り出して、隆元に渡した。

「コレ!俺は原稿上げるのにまだまだ時間かかるし、アンタもずっとそうしてちゃ暇だよね?コレ、何か好きな絵でも描いててよ。」

まだまだ時間かかるんだ・・・。
思わず心の中で突っ込みを入れて、溜息をついた。
こっちだって、こんなに時間がかかるならば、ここにパソコンを持ってきて違う仕事をするとか、いっそ一度会社に戻って色々と作業に必要なものを取ってくるとかしたい所だったのに。
やはり、この人は嫌いだ。
けれど、元来同情してしまうほど嫌とは言えない性格の隆元は、苦笑いしながらスケッチブックを受け取ることしかできなかった。

そして、先生は小さく頷くとまた机に向き直る。
だがなんとか、また真剣になってくれたらしい。灰色の瞳が文字を映し出した。

しかし本当に何を考えているのやら。
スケッチブックを抱えたまま、しばらく隆元はその様子を見ていた。
さて、どうしよう。
このままスケッチブックを抱えて先生を見ていることもできるけど、何も描かずにぼーっと見ていたら、先生のどこにあるか分からないやる気を殺いでしまうかもしれない。
ひとまずスーツのジャケットを脱ぎ、鞄からペンケースを取り出して、シャープペンを持ってはみるが、何を書いていいのか分からない。
しょうがないので、今見ている風景を描いてみることにして、隆元は先生の手元を眺めた。





特に何をするでもない時間だから、隆元の筆はさまざまなものを捉えた。
万年筆を持つ先生の手、こたつの柄、コーヒーメーカー、窓枠と外の木の枝、本棚から見える花の写真集の表紙等々。
最初はそれこそ今現在の鬱憤を晴らす勢いだったのが、これが段々と熱中してきて、題材を替えるごとに細かい所まで凝るようになってきた。それは例えば、出版社のロゴだとか、定規の目盛りの数字だとか。

「・・・あのさ。」
「は、はいっ!?」

早くもスケッチブックの6枚目を埋め尽くそうとしていたとき、突然の声に隆元は飛び上がる勢いで応えた。
みれば、先生はペンを休めることなく、機嫌よさそうに片手でコーヒーをすすっていた。

「ははっ、すごい熱中してたみたいだね。」
「す、すみません・・・」
「・・・俺ね、絵、下手なんだ。」
「・・・はあ。」
「はあって、あんた随分と張り合いない返事するね〜。」
「す、すみません・・・。」
「ま、煩いよりはいいんだけど。俺、絵が下手っていうのは自覚あるんだよね。友達には、違う意味で暴力的な絵だとか言われて。でも絵は書くのも見るのも大好きでさ。」

友達、いたんだ。
先生は笑顔のまま言葉を紡ぐ。

「学校では・・・普通の勉強はできてたんだよね〜。体育だって、スポーツテストとかいつも成績よかったし。でもね、好きな絵が下手ってだけでなんだか凹んじゃってさ。・・・ないものねだりなのはわかってるけど。」
「・・・。」
「俺ね、最初小説家になるつもりなかったんだよ。たまたま書いた話がたまたま大学の教授に見られて、面白い!って教授が興奮しちゃって。なんだか知らないうちに賞とってた。それは嬉しいんだけどさ、テレビとか雑誌とか…おかしな取材まで来るようになってさ。そういうの・・・俺なんてまだまだヒヨっ子だし、大先輩を差し置いて恐れ多いっていうのがあって断ってたんだよね。それに、こうして文章書いてるのはさ、家のためなんだよね。今一番自分にとって食いつなげる職業だからだよ。俺長男でさ、食い盛りの弟が3人もいる。母親は数年前に死んじゃったから、野郎だけの5人家族。だから、それなりに稼がないといけなくてね。でも、なんていうかちゃんとした文章を書きたくて、書いてる途中でもいつもこれでいいのか?って疑問に思いながら書いてる。自分で納得しないと世に出せない・・・。」
「だから、締切に間に合わないんですか?」

つい、ついて出た言葉に、隆元は思わず手で口を覆った。
突然何を言い出すのかと思ったら。
先生はペンを止めて、目を丸くしてこちらを見ていた。

隆元は、この仕事に就くと決まった時、契約している主な作家たちの作品をいくつか読んだ。
そのうちにこの先生の作品も入っていて、その時読んだ作家のうちでは一番面白かったのを覚えている。事実を捻じ曲げずシンプルな表現で真正面から捉え、時折辛辣ともとれる斬り捌きはいっそ爽快だった。好みは分かれるだろうが、一度ハマると癖になるようだ。
それから興味を持って、既刊の本や雑誌を読み漁った。
それが、業界に入ってみれば悪い評判ばかりしか聞かないから驚いた。

苛々した。
隆元はこみ上げてくるものを抑えようと、ワイシャツの胸のあたりをぎゅっと握りしめた。
それでも、溢れ出るものを吐き出さないと、こちらがおかしくなりそうで。

「そんな・・・一度賞を取っただけでいい気にならないで下さい。それは甘えです。言い訳です。食いつなぐためとか、家族のためとか、それも仕事をする理由になりますが、それよりももっと、もっと原稿に向かい合ってください。本気になれば、自分に問わなくてもいいものができるはずです。」
「・・・。」

“もっと、頑張ってください。”と最後に付け加えようと思った言葉は、ただの一ファンの言葉だと思ってなんとか静止して、隆元は俯いた。
そうだ、自身はまずファンなのだ。
先生の身の上を聞いても、何をどう捉えてどのように応えていいかわからないじゃないか。
悪評判を肯定してしまうような作家にはなってほしくないのに。
先生と一緒に仕事ができて嬉しいか?全くそんなことはない。むしろ、面白くない。

「・・・。」

床にスケッチブックをそっと置きながら、先生の顔を盗み見るが、先生はさっきと同じ表情で固まっていた。
そこで、やってきたのは後悔の大津波。
ああ、これで先生が怒って、会社に告げ口でもして、係長あたりから一応何があったか問われて、それで、クビかな・・・。
もしくは、これで書く気なくなったとかいって、執筆活動全て放棄・・・。一切の責任が自分にかかってきたりして・・・。

「すみませんでした・・・。」

一応謝ってはみるけれども、先生は目を丸くしたまま全く微動だにしない。
あまりにも長時間動かないものだから、隆元は段々勝ったような気になった。
ここで先生が落胆しても、怒りだしても。自分は会社を辞めてしまえば赤の他人になる。言い逃げってやつだ。いいじゃないか、それで。
ただ、自分はこれから、この先生の作品をずっと読むことがなくなって、名前を見て少し思い出して寂しくなるくらいで。

「・・・そっか。」
「・・・?」
「じゃあさ、アンタのこと、話してみてよ。」
「・・・は?」
「アンタのことだよ。え〜と、名前は・・・」
「も、毛利です。毛利隆、元・・・。」
「隆元・・・。んじゃあ歳は?」
「・・・24・・・今年で25ですが・・・」
「!!、じゃあ同い年だ!兄弟いるの?」
「弟が・・・2人・・・」
「おお、共通点あるじゃーん。」

悪かったとか、これから頑張るとかいう謝罪が聞きたかったわけじゃない。
そういうわけじゃないのだけれど、ああそういえば先生はどこまでもマイペースな人だったと、また就職活動をしなければと考えていた隆元は、また少し胃が痛んだ。
けれど、先生はまた原稿にペンを走らせはじめたので、ひとまず胸をなでおろしたけれども。
しかしなんだこの問答は。
どこ出身?どこに住んでるの?大学は?等々。
まるで面接みたいだな、と、先ほどよりは和らいだ空気に、隆元もペンとスケッチブックを抱えて、先生の座る椅子の金具をスケッチし出した。

「じゃあさ、隆元はなんでこの仕事に就こうと思ったの?なんとなく?受かったから?」

その理由になんと答えるべきか、隆元は口を噤んでしまった。

「・・・。」
「・・・。」
「なんかいってよ。」
「は、あ、はい。」
「・・・ていうか、さっきのあんなこと話したの、…アンタが初めてなんだよね。だからちょっと気になる。」
「・・・はあ。」
「話していいよ。BGMとして聞いてるから。」

そういえば、この部屋には音楽がなかった。
どおりで静寂がよく聞こえるわけだ。

「私は・・・逃げただけです。仕事なんて、なんでもよかった。」

隆元は口を開いた。
隆元の父・元就もまた、出版会社を経営している。
元就は、いづれは隆元を次期社長に・・・と考えていたようで、隆元自身もそう考えていた。
だが、成長すれば視野が広がるというもので、隆元はそれまでの自分に疑問を持つようになった。果たして、自分は会社の上に立つ人間に成り得るのだろうか。
だって、営業に強い上の弟に、経理に強い下の弟がいるじゃないか。
もっと自分に向いているのは、そう例えば絵を書いたり・・・。
それが元で、大学3年のときに元就と喧嘩した。
取っ組み合いや物を投げたりはしなかったにせよ、それまでの家の雰囲気をぶち壊すような怒鳴り声の応酬に、弟たちは唖然としていたのを覚えている。
隆元自身も珍しく頭に血が昇って、勢いで家を出た。
家の玄関を飛び出すとき、後ろから父が“貴様などもういらぬ!”と叫んだ声が心に突き刺さって痛かった。
そうだ、最初からそういう人だった。いらないものもいらない人も皆全て、排除してきた人だった。
自分は生まれた時から社長になるように仕立て上げられて、少し拒否すればいらないなんて、ごみみたいに捨てられて。
あれから、行くあてもなく友人の家を転々として、バイトをいくつか掛け持ちしながら部屋を借りて、大学を卒業して就職活動して。
現在の会社を選んだのは、なんとなく。そう、ただ、家業と似ていたから。
けれど入社してからわかったことだが、この会社は、元就の会社の親会社である、大内出版の子会社のうちの一つだったのだ。つまり、家の会社と同じ系列。
大内の社長が、自分を気にかけて拾ってくれたらしい。
また、家を飛び出して数年がたつが、一応上の弟である元春とは連絡を取っていて、生活費を渡している。

結局、家と縁を切ったようでいて、全く切れていない。
今思えばあの時の口喧嘩は、自分に遅く訪れた反抗期が爆発しただけ・・・というなんとも可愛らしい理由に思えて少し恥ずかしくて、どこか悔しかった。

「・・・。」
「・・・。」

カリカリと、ペンの走る音が聞こえる。
自分の手は、スケッチブックに椅子の輪郭を取ったところで止まっていた。
先生は真剣な表情で、くりくりと眼鏡の中で灰色の瞳を泳がせながら、ひたすら字を書く。その、いつもと同じ様子に少しだけ安心した。

「・・・さっきさあ。」

先生が嫌に静かにペンを置いて、隆元はビクリと肩を震わせた。
先生は傍らの国語辞書を引きぬいて、ページをパラパラとめくり、またペンを握る。

「はあ・・・。」
「隆元に厳しいこと言われて。・・・“あ、この感情使える”って、思ったんだぁ。」
「・・・はぁ。」
「ほんと、アンタ“はぁ”しか言わないよね〜。」
「そ、そんなことないですよ。」
「だから、隆元に色々聞いてみた。俺、隆元に興味持ったよ。あ!そうだ、ちょっとスケッチブック見せてよ。」
「え?あ、はい・・・。」

“興味を持った”。
感情が使えるなんて職業病じゃないか、と僅かに感じたが、その一言で急に恥ずかしくなって、開いていたスケッチブックを落としそうになってしまった。
先生はスケッチブックを開くなり、目をキラキラと輝かせた。
それはもう、子供のように。
そして、すごいだの、上手いだの、ページをめくるたび感嘆の声を洩らす先生を、隆元はもじもじとしながら見ていた。

「よし、決めた!」

パタンと小気味良い音を立ててスケッチブックを閉じている間も、先生の灰色の目はキラキラと輝いていた。

「何を、ですか?」
「俺、隆元の絵に合うような話を考えるよ、詩でもいい。幾つか集まったら本にする!当面の目標はそれ!」
「はぁ・・・・・・・・・はあ!?」
「決めた!だって、隆元の絵、気に入ったしさ。こんなに描けるだなんて思ってなかった。」
「で、でも私は・・・先生の担当ですし・・・」
「いいよいいよ、そのままで。ゆっくりやればいいんだ。本にするのは自主出版でもなんでも手はあるでしょ?それまで、俺も本書いて腕磨くし、隆元も今日みたいにここに来て絵を描けばいいよ。」
「あの、本社での仕事も・・・」
「俺が会社に行っておくよ。それに他の仕事もここでやればいい。楽しみだなあ、本になったら!そうなったら、俺が隆元のファン1号になるのかなあ。」

なんだこの怒涛のような流れは。
でも、先生の灰色に光る瞳はとても綺麗で、眩しくて。こちらの胸を貫いて涙が出そうになった。
それから少し考えて。

「あの・・・もしよかったら・・・私の父の会社から・・・本を出す、という手もありますが。」
「いいねソレ!」

そういって、溌剌とした笑顔で突き出されたのは、出来上がった原稿だった。
一気に心が軽くなり、大好きな大好きな先生の原稿を抱え、隆元は少しだけ会話を交わしながら会社に戻る準備をする。
ジャケットを着て、少し曲がったネクタイを直して。
玄関で皮靴を履いて。

「次の締切は・・・3週間後でお願いします。」
「うん。その前に来てもいいよ。隆元なら大歓迎だからさ。あ、ていうか、ご飯食べにいこうよ、ねえねえ。」
「あ〜・・・あの、はい、ちょっと、あの…これを届けてから・・・。」
「っ今日じゃなくていいって!」

そんな冗談を交わしながら、隆元は先生宅を出た。
外は軽い曇り。
会社に戻ったら、久しぶりに父に連絡を入れてみようか。それとも、何かまた絵を書こうかどちらにしようか考えながら足を動かした。







あ、あの・・・戦国とかまっっっったく関係ない設定ですみません。
仕事で某近代史を調べているのですが、そこに出てくる某音楽家さんと脚本家さんの関係がとても可愛くて、二人にやらせたら面白いかなーと思ってやっちまいました。