ヴェロニカ(現代信隆)

※現パロ・小説家×編集担当者という設定です。


「ああ、はい。そうなんです。・・・・・・・・・ええ、あと・・・そうですね・・・・・・・・・」

ちらと横目で信親を見ると、信親はこちらに背を向けたまま開いた左手をこっちに向けてきた。

「あと5時間、待ってください。本当にすみません。重ね重ね・・・・・・ええ、あとで・・・はい。申し訳ありません、お手数をおかけします。」

隆元は、珍しく顔に苦々しい表情を浮かべながら携帯を切った。
締め切りを過ぎて早2日。
信親の原稿は、まだ終わらない。

大体締め切り一週間ぐらい前から、信親に声をかけるようにしている。“そろそろ締め切りが近づいてきているので、よろしくお願いします”とか、“締め切り3日前ですが、原稿はご用意できていますか?”とか。
しつこいようではあるが、信親の場合こうでもしなければ腰が上がらないし、本人は煩そうにしているわけでもないから、今となっては社内のちょっとした名物になりつつもあった。
しかし今回はひどい。
300ページの小説なのだが、事前の打ち合わせで大まかな内容を決めたとはいえ、締め切り3日前になっても全然イメージが降りてこないという。
焦った隆元は信親の家に出向き、その様子を眺めていた。が、本人は至って普通に生活しているではないか。
隆元はイライラが限界点突破し、無言で信親を仕事用机の前に座らせると、“なんでもいいから書いてください。”と威圧をかけて一喝。
それから、信親はほぼ2日徹夜、無言のままただひたすら書いている。
また、信親の原稿は全て手書きなものだから、隆元は自分のノートパソコンを持ち込み、次々とあがってくる信親の原稿を打ち込んでデータ化していた。故に、隆元もほぼ2日間寝ていない。
それでも終わらない。ページ数を見ればあと50ページ。
先ほどの印刷所からきた電話では、5時間で出来上がるといったが、換算して1時間10ページ。今のペースで5時間で本当に大丈夫なのだろうか。しかしもうここまで来てしまってはやるしかない。隆元は麻痺してきた指先で、さらに原稿を打ち込んでゆく。

「・・・先生、質問があります。」

何時間か経った時、信親が挙手する。

「はい、長曽我部くん。」

先生はアナタでしょう、と普通の隆元なら突っ込むところだったが、徹夜続きの頭はハイでどこまでもフリーダム。隆元は素で信親を名指す。

「先生、嫌いな相手というのはどういう人を示しますか?」
「嫌い・・・。まず第1に考えられるのは、自分と合わない人、でしょうか。性格、価値観、趣味、色々と不一致の原因は考えられますが、そういったものは最初から綻んでいて、じょじょに悪化していくことが多いと思います。」
「成程。」
「ああ、でも、やはりどれにしてもコミュニケーションが大事かもしれません、価値観の違いを容認したうえで対人が成り立つこともありますし。」
「・・・成程。」

今書いている所に反映されるのだろうか?
ぼんやりを通り越して朦朧とした頭で隆元は“第一印象が最悪な人”と答えそうになったが、おしとどまってそういう答えに至った。
第一印象最悪だったのは、目の前にいる人のこと。また、 “自分と合わない人”というのも目の前の人のこと。
けど、だからといって嫌いなわけでもなかったから、少し補足をしてみたが。
そうでなければここまでしていないと思う。おかげでこんなにもキーボードを間違いなく早く打つことができるようになったし。
信親は納得したのかしていないのか、返事をしたきり再び無言になった。

ああ、そういえば、今日はクリスマスらしい。
さっきの電話の後ろでジングルベルが鳴っていたので思い出した。
去年のクリスマスは何をしていたっけ。
確か、会社で仕事をしていたような気がする。文庫本の1ページに誤字があって、苦情の電話応対でぺこぺこ謝っていたような気がする。
内容は違うが、今年もまた謝って終わるのか・・・と、ぼんやりと隆元は考えた。

「終わっっったーーー!!」

信親が盛大に伸びをして、何時にも増して嬉しそうに原稿を渡してきた。
寝不足で腫れぼったくなっている瞼の奥で、灰色の瞳がキラキラ輝いている。

「よし、それではここからは私の出番ですね。」
「うん、頑張って!」

ハイテンションも相俟って、珍しく隆元はフンと鼻息を洩らして腕まくりをした。





「ねねっ、見てみて!」

原稿のデータ化もあと残り3ページとなったとき、信親に肩をチョンチョンと叩かれた。

「はい、何ですか?・・・・・・・・・。」

そちらを向くとニコニコ顔の信親が横に座っていて、手に一枚の紙を持っていた。その様子はどこかで見たことのあるキリスト教の絵画のようだった。
確かあの絵は、女性がイエスの顔が書いてある布を持っていて、聖なる絵なのにどこか不気味な様子だった。
だが、信親が持っている紙には、なんだか緑色のモジャモジャが描いてあるだけ。
テンションがあがって、絵を描いてしまったらしい。

「それは、何ですか?」
「え、見ればわかるじゃん、クリスマスツリーだよ。」

いや、それはどこをどうみてもマリモか、百歩譲ってもモリゾーだろう。
だがしかしそこは隆元だ。ニコリと笑ってそうですかとあしらう。

「というか、今日がクリスマスだって知ってたのですか?」
「まあね。締め切り日の後にクリスマスかって。覚えてた。」
「・・そうですか。」
「クリスマスってさ〜、俺割と好きなんだよね。」
「はあ。それは何と言いますか、意外ですね。」
「そう?イルミネーションが綺麗だからとかじゃなくて・・・知ってる人達と何か祝うのっていいよねえ。」
「そうですね・・・あっ・・・・・・・・・終わりましたッ!!」

隆元は声高らかに、華麗な仕草でエンターキーを押す。
途端に信親が万歳三唱しだした。

「バンザーイ!バンザーイ!!バンザーイ!!!」
「よし、それでは私はこのデータを印刷所に持っていきますね!先生お疲れさまでした!」
「え、ここからデータって飛ばせないの?メールっていうやつがあるんでしょ?」
「〜〜〜、あのですね、パソコンはあってもこの部屋はネットを繋いでいませんので、メールが出来ないんですよ。ケーブルも持ってこなかったし・・・。」
「えええ〜、隆元一緒にクリスマス祝おうよ〜!」

貴方は子供か、と心の中で突っ込んだ隆元は得意技である苦笑いを浮かべてたしなめる。

「それではこれを置いたらまた戻ってきますから。お疲れでしょうから、少し寝ていてください。夜には戻りますからね。」
「よし!わかった!」

隆元は小脇にデータの入った鞄をかかえ、コート羽織り、首にマフラーをぐるぐる巻いて信親の家を飛び出した。
道を小走りしていたところ、たまたま見つけたタクシーを拾って、行き先を告げる。
背もたれに体を預けてふうと小さく息を吐いた。
すぐに、忘れていた眠気が洪水のようにやってきた。

・・・まず印刷所に着いたら土下座する勢いで誠意をこめて謝らなくては。そのあと、輪転機が周り出すのも確認して、できたてのページも見ていこう。ああ、それから本社に寄って報告して・・・
そのあとは、信親殿のところに行かなくてはいけないか。
クリスマスが好きというのは意外だったが、ならば何か買っていってやろうか。ケーキがいいか、それとも甘いものはあまり食べなさそうだから、ワインかシャンパンでも・・・あ、チキンでもいいかな・・・。

今年のクリスマスも忙しいが、去年よりはちゃんと祝うことができそうだ。
隆元はピークに達している疲労のなかで、そっと笑みをもらしながら、目を閉じた。






08年のクリスマス話でした。
きっとこのあと、二人は一応クリスマス祝うんだけど、2日間ぐらいぶっ通しで寝てればいい。