嘴に桜(信隆)



斬りかかってきた賊等4、5人の刃を一度に槍の柄一つで受け止め、渾身の力で踏ん張ること一瞬。
隆元はなんとか弾き返し、うろたえた数人に槍を突き立てた。
再び間合いを取るために後ろへ跳び、大きく肩で息をする。

「力勝負は不得手なのだがな・・・っ」



安芸に山賊が出たらしいと報告があった。それは始末しなくてはと元就の了承を得て隆元自ら出陣の用意をしていたら、土佐から信親がやってきたのだ。
こんな時に土佐の海賊がやってくるなど、と、元就は怪しんだが、信親に事を伝えると゛変な濡れ絹を被せてもらっては困る゛といって、隆元に同行することを所望してきたのだ。



そして今。
耳をすませば後方から知っている元気な声が聞こえ、隆元は微笑した。
そんな束の間の笑みはすぐに消え、神経を研ぎ澄ませ辺りに視線を巡らせる。
賊等は所詮下等であり崩すのは容易く、暫くして背水の陣となるまで追い詰めた。だがその中には腕が立つ者が数名おり、彼らは死兵となって隆元らの前に立ちはだかっているのである。

(十・・・いや、潜んでいる者も含めて十四、五といったところか・・・)

隆元は己の敵を確認し、馴染まぬ槍を握り直した。
持ってきた刀は数刻前に折れてしまって捨てた。変わりに、先に始末した賊の獲物を手にして応戦している。
こんなことなら、もう少し元春の槍の相手をしておくべきだったかもしれない。
負ける気はしないが。

「うらああっ!」

再び数人がかりで襲ってきた賊徒を薙ぎ払った刹那、草叢に潜んでいた者たちが勢いよく飛び出した。それはいずれも恰幅のよい突進兵で、隆元の懐めがけて体当たりを仕掛けてきた。

一人二人と押し寄せる力の塊を避け、隙間を通すように繰り出される刃を背をのけ反らせてかわし、ぐっと地を踏んで槍の穂を前に一つ突きだし一人の腹を貫き、横からやってきた槍は、己の槍の柄で受け止めて賊の槍の柄をからめ捕るようにして賊の脇の下を狙い、これもまた一突き。
が、その時隆元は横に回り込んだ突進兵に気付かなかった。

「ぐっ!」

死角から繰り出された張り手が見事にこめかみに入り、頭と視界が大きく揺らいだ。
弾き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、過振りを振って己を飛ばした賊目掛けて槍を投げつけ、なんとか仕留めた。
しかし脳震盪を起こした体は思っていたよりもずっということを聞かず、地に降りたと同時にくらりと視界が白んで片膝をついてしまった。
必死に遠のく意識を取り戻そうと頭を左右に振り、歯を食いしばる。
まだ敵は居る。ここで、このような所で意識を失うわけにはいかない。

(くそッ・・・)

後ろから殺気が迫る。
隆元は大きく舌打ちをして体を横へずらし、下から上へ振り上げられた刃を寸手でかわすも、緒を斬られた兜が宙に舞った。
本能的に足払いをかける。
賊が見事に尻餅をついたところで、横で冷たくなっていた別の賊の手から刀を拝借して逆手に持ち、尻もちをついたままの賊の心の臓めがけて刃を振り下ろした。
ぎゃ、と、低い悲鳴が聞こえる。



動かなくなった賊を眺めながら、ふいに額を伝い落ちてきた冷たいものを手の甲で拭った。
なんとなく額を拭った手の甲を見る。
負傷し流血したのだろうと思っていたのに、手の甲は赤く染まっていなかった。
ふと周りを見る。

雨が降っていた。

濃い森林のにおいに、濡れた土のにおいと、血のにおいが入り交じって辺りに立ち込めていた。
立っている者は信親と己のみ。
戦は終わっていた。


気がつけば、全身が雨で濡れていた。
汗の混じった雨が髪を額を伝って、土に還ってゆく。

先刻までの熱が急激に冷えていくのを感じた。
そしてどっと体が重くなって、小さくため息をついた。
信親がゆったりとした足取りで歩み寄ってくる。
紫の羽織の所々には鮮血の印。

「終わったね。あっけなかったけど、最後が厄介だったな。」
「ええ。刀を折られてしまいました。」
「ああ、見てた。」
「見てた?」
「うん。扱いは悪くないけど・・・重心の取り方がちょっと甘いな。」
「はは、これは厳しいお言葉。有り難く頂戴致すことにしましょう。・・・時に、信親殿。」
「ん?」
「此度の賊を、どう思いか。」

少々意地悪な問いかと隆元は思った。
今回の賊は悪質なもので、平気で人を殺し略奪をする。人を重んじる長曽我部とは質が違う。それにしろ、賊は賊。
信親は数度瞬きをして、顔色一つ変えずに言う。

「やりたい放題荒らしてる奴らは許せないからな。」
「ではなぜ土佐殿は賊を名乗る?」
「知らない。それは兄貴に聞いてくれ。」
「いづれにせよ、賊であろうと長曾我部であろうと、この毛利の土を蹂躙することあらばいつでも迎え撃つ用意はできている。」
「・・・何が言いたい?」

信親が肩を竦めたのを見て、隆元は微笑を向ける。

「疑念ではない。この者たちは土佐殿とは違うと知っている。牽制したまでだ。毛利は貴殿等を認めている。だからこそ、その日が来たら正々堂々と死合いたいものだと。」
「そうだね。そっちも変な策はナシってことで。」
「それは元就様に聞いてくれ。」

そういって、二人は悪戯っぽく笑い合った。

ピイと隆元が口笛を吹けば、どこからともなく愛馬がやってきてそれに跨り、信親は隆元のやや後方に陣取り、己の獲物を肩に担ぐ。

瀬戸内の海が山々の間から青く霞んで見えるのを眺めながら、二人は何も言わずに歩を進めた。






あー・・・なんか前にもこんなの書いた気が・・・orz