蛆虫の僕ら(信親+親和)


※現パロです。


梅雨は嫌いだ。
ぬめる様な暑さと湿気は、すぐに体に変調をきたす。気圧の変化が激しいせいで頭痛は頻繁に起こるし、熱いのか寒いのかわからない日は決まって吐き気と腹痛に悩まされる。
だから、親和はそんな今の季節が大嫌いだった。

今日だって、暑いのに肌寒いせいで朝から気分が悪く、午前中をずっと部屋のベッドの上ですごした。
今現在、家には兄がいたはずだ。でもやけに静まり返っている。
部屋の水色のカーテンが目の端に入ると体が冷えていくような気がして、布団を頭からかぶった。
そんな時、バイブにしていた携帯が鳴って、鬱陶しいと思いながらもゆるゆると手にとって開いてみた。
新着メール1件の表示。

「ッ!!」

淀みがちだった瞳はメールの内容をゆるゆると追っていくうち、段々見開いて輝きすら放つようになり、最後には吐き気なんて忘れてベッドから飛び起きていた。
この嬉しさを誰かに伝えたくて、携帯を握り締めながら馬鹿力で部屋のドアをぶち抜かんばかりに開閉し、リビングにいるであろう兄に向って数メートルの距離を全速力で走る。
兄・信親はリビングのソファに寝転がって本を読んでいた。
ターゲット・ロックオン

「兄上ぇぇぇぇぇッ!!」
「ぅわあああ!!」

信親に飛び掛るようにして跨り、読んでいた本を凶暴に弾き飛ばし、ずいと携帯の画面を眼前に突き出してみる。
信親は何が起こったのかよくわからず、ただただ怯えて小さく震えていた。本を取り上げられた両手は頭上に上がり、降参のポーズに見えなくも無く、甚だ情けない。

「……あ……あ……あの、和、何?」
「見てください兄上、僕、当たったんですよ!!メールが来たんですメールが!!」
「は、あの、何に?あの、画面が近すぎて読めないっていうか怖いです!」
「チケットびあでエントリーしたスリッブノットの来日公演が当選しちゃったんですよおおお!ぼぼぼ僕ライブって初めてなんですけどどうしよう兄上僕何着ていったらいい何着て行ったらいいですか!?」
「痛い痛い痛い痛いです!!携帯の角が頬骨にあだっ痛い!」
「ライブDVDで予習は可能ですからこれから当日まで一日10回見ますよ僕!あ、なんか興奮したら胃が逆流…」
「ええええ!?ちょ、あの、トイレまで我慢しろって!」

慌てて信親は脇に親和を抱え、トイレに直行した。


それからというもの、親和は本当に毎日部屋に籠もってはライブDVDを観ているようで、学校から帰ってくると夜まで毎日部屋から爆音が聞こえるようになった。(父・元親は笑っていたが、余りもの五月蠅さに盛親がキレて少々喧嘩になった。)飯時になれば、ライブを想像しているのか、一人妖しくウフフと笑いながら箸を動かし、DVDに映る観客を見てか“僕もスキンヘッドにしたほうがいいでしょうか”といった時は流石に兄弟全員で阻止した。
だが、カレンダーにつけてあるライブの日(禍々しいドクロマーク)を見ては、時々そっと笑う次男の姿はどこか微笑ましく、皆で温かく見守っているのだった。



そして、今だ。

「あはは・・・。」

(どうして俺、ここにいるんだろ)

信親は完全にアウェイで、苦笑いしか出なかった。
オールスタンディングでチケットはソールドアウト。
なのにここに自分が居るのは、親和が当選したチケットが2枚組だったからで、親和からもついてきてほしいと誘われたからだ。
信親はフロアの一番後ろの壁にもたれかかって、目の前の光景を見ていた。親和の部屋から流れていたバンドのホンモノが、その音楽を爆音で演奏している。その凶暴な音楽とバンドメンバーのパフォーマンス、そしてモッシュにダイブの嵐と怒号が止まないオーディエンスの暴れっぷりといったら、全員長曾我部軍に勧誘してもいいぐらいの勇ましさである。
このような音楽は嫌いではないがライブに来るのは初めてで、若干圧倒され気味だ。曲はおかげさまで毎日聴いていたものだから、時々弱々しく拳をあげてみるけれど。
ちなみに親和はステージのほうに生き生きと突っ込んでいった。いつもあまり体を動かさない次男のことだ。今はテンションで体力を保っているだろうが、バッテリー切れや体調不良はいつやってきても可笑しくない。ただ、親和を止めようとは思わなかった。
あんなに嬉しそうな姿は久しぶり、どうせなら、全力でぶち当たって死んでこい、そんな風に思って見守ることにした。

ライブも終盤にさしかかった。
ボーカルがデスヴォイスで歌詞を吐きちらし、ギターが空気を切り刻む。ベースは蛇のように地をうねり、魂を揺さぶるようなバスドラム。
フロアではそこかしこでダイブが起こる。
信親もそこそこにテンションが上がって、ついステージに魅入っていた時だ。
視界の端に見覚えのある体を捉えたと思ったら、親和が今まさにダイブしようとしているところだった。

「うわ、和!!馬鹿!!」

全身タトゥーの屈強な男に体をぶん投げられ、一瞬宙を舞った姿はマネキンのようで、流石に危険を感じた信親は血相を変えてオーディエンスの中に突撃していった。
しかし。
腕ピアスの男の肩を力任せに掴んで前に行こうとしたら、その男はやけにいい笑顔で振り向いてきた。右手の立てた親指がどこか不吉だと思ったが、時既に遅し。
周りから腕が伸びてきて足を取られ、突然体が浮いた。
そして、男が“せーの”と叫ぶ。

「え?何何ちょっ」

何か言葉をいう間もなく、信親もまたヒョイと人の頭上に上げられ、ステージ向ってダイブさせられてしまったのである。

「違ぁぁぁぁぁぁッ!!」





「ん…?」
「お、和起きた?」

親和は信親の背中で目が覚めた。
きょろきょろとあたりを見回してみると、兄に背負われて家の近所の坂をのぼっているところだった。既にライブは終了していた。
結局あのダイブの時に、みぞおちに誰かの肘が入って急激に具合が悪くなってしまった。それからスタッフに担ぎこまれて、アンコールの2曲目ぐらいまでは上手側の空いたスペースで観ていたのだが、その後の記憶はさっぱりだ。

「大丈夫か?どっか痛くない?」
「ちょっとみぞおちが・・・それから全身が痛いです。多分、明日は筋肉痛になるでしょうね。」
「そっか。楽しかった?」
「はい。兄上は?」
「楽しかったよ・・・ていうか、最初は後ろのほうにいたんだけど、和を助けるのに前のほうに入ったら、そのまま上げられちゃったよ。」
「あはは。それ、僕も見たかったです。」

肺いっぱいに空気を吸った。拍子に肺の下あたりが痛くなって咳き込んでしまったが、それ以上に火照った体に夜風が気持ちいい。
みぞおちが少し痛む。それから、スピーカーの近くにいたせいで右耳の耳鳴りが止まない。それから間接という間接、筋肉という筋肉が悲鳴を上げている。
だが、今はそれすらも心地良く思えた。それに痩せ我慢は慣れているし。
ふと、信親の肩越しに前を見た。
さっきまではあんなにキラキラ輝いていたステージを見ていたのに、今はいつもの上り坂を、街灯がぽつりぽつりと寂しく照らしている風景。

「・・・楽しい時はすぐに終わってしまいますね。」
「そうだね。」

でも、親和は今も少し嬉しい。
信親の背に鼻を埋める。
兄の背だ。薄くもなく厚くもない丁度良い筋肉のしなりが、少しだけ羨ましかった。

「こうして、兄上に背負われるのって、初めてかもしれません。」
「え?そうだっけ?」
「ええ。だって、すぐに親忠や盛親に取られてしまいましたし。」

だって貴方は、まず背負うものが途方もない大きさだったじゃないか。
土佐一国を背負うべき人だったのに、貴方以外には誰も背負えなかったのに。
どうして、先に・・・。
親和はそんな過去を振り払うように尋ねた。

「あの人たちは、また日本に来るって言ってました?」
「うん。言ってたよ。」
「そうですか。」
「かっこよかったね。」
「ええ。・・・遠い遠い、ところにいますからね。」

貴方も。
こんなに身近なのに、遠い。
でも、この“現代”なら、背負うものは少なくなったのだろうか。
私一人が背に乗ってもいいくらいには。
私の兄上は、貴方だけ。そんな揺るぎない事実を、今は噛み締めてもいいのだろうか。
親和はきゅっと、信親の肩を掴む手に力をこめた。

「・・・にうぇ・・・」
「ん?」
「呼んでみただけです。兄上。」
「え?あ、そう・・・。」
「兄上。」
「はいよ。」
「兄上・・・」
「はいはい。」

なんだ、これ。
兄弟みたいじゃないか。
もう少しで家に着くけれど、それまであと少しだけ、二人きりの兄弟を楽しもうじゃないか。
親和は、信親が自分を背負い直した緩やかな衝撃を、心地よく感じて目を細めた。






次世代祭り様へ投稿したものです。
親和にとって、戦国での信親の存在というのは「君主・跡取り>>越えられない壁>>兄弟」だったと思うという話です。
ちなみに2人が行ったライブはSlip○notというバンドですw
管理人は昔ライブでダイバーやってました。