color(現代信隆)




隆元は信親を拉致って外に連れ出し、無理矢理新聞社の取材をさせていた。
その間自分は一旦信親の家に戻り、少し散らかった仕事部屋を片づけようと目論んでいた。



隆元が出入りするようになってから、この部屋は物が増えた。
元々極端に何もなかった部屋だから、物が増えたといっても床が見えなくなるほどではなかったが、主に増えたのは信親のぼっさりした身だしなみを自覚してもらうため買った全身鏡や、一揃い揃えてもらったOA機器やオーディオ等大きいもの。
それらは収納する場所がなく、ほとんどが床に直置きしてあったため、どうも見た目が悪い。そしてがさばる。
何か、こう、ラックのようなものがあればいいか・・・それとも、パソコン部屋を作ってしまうか。
隆元は考えつつ玄関のほうへ足を運ぶ。そして一人暮らしには無駄に広い3LDKの内部を、廊下の端から眺めて腕組みをした。
玄関から一番近い部屋が仕事部屋。・・・仕事部屋には必要最低限があればいいだろう。
その奥の部屋は和室のベッドルーム。・・・ここは余り立ち入るべきじゃない。
その隣から奥へトイレ、バスルーム、キッチン、リビング、とある。
リビングに置いてしまうか・・・。

ふと、仕事部屋の斜め向かいの一室のドアに目が止まった。

“あ〜、そこは入っちゃダメ!”

いつだったか。
仕事部屋から出た隆元が、気になってそのドアを開けようとしたら、信親が飛んできてドアにへばりつき、いつになく激しく制止した部屋だ。
あの時は、誰にだって見られたくないものはあると思って、大人しくそこから退いたが。

近づいていくと、そのドアの隙間から臭ってくるのだ。
さらに少し鼻を近づけてみると何か有毒ガス的なものが出ているんじゃないかと思うほど、ひどく臭う。

(もしかして、死体でも転がっているのかな・・・いやでもあの人がそんなこと出来るわけがない、だって外に出てないんだし。ああ、でも頭はいいからアリバイ工作をして・・・)

などと、隆元はよからぬことを考えつつ、思い切ってドアを開けてみた。

「ッこれは・・・」








(あの記者・・・性格悪すぎる・・・)

信親は肩を落とし、貰った名刺を眺めては“だから取材は嫌なんだ!”と一人ごちた。
取材は某新聞の依頼。
毎週日曜の連載企画“この人の意見を聞く”の来月の第二日曜の紙面に、信親が載ることになったのだ。

連載のタイトルも安易だが、その内容も最近の流行や文化、自身の興味などをインタビュー形式で答えるというありきたりなもので、流行などに興味がない信親がそうぽろぽろと返答できるわけがなく、記者は最終手段とでも言わんばかりに恋愛の話をしてきたのだ。
それこそ信親が一番苦手とする話題だとも知らず。
信親はどんどん面倒になって、記者の話を無視して写真や絵画などの作品を眺めるのがどうこうとご託を並べて、最終的にはとてつもない気まずい雰囲気でインタビューは終わった。

もうなんだか不貞寝したい気分だったが、今趣味で書いている作品をちょっと進めたい。が、その前にコーヒーだな、と信親は一人頷き、マンションのエレベーターを降り、自宅のドアを開ける。

「ただいまー・・・ぁ!?」

そういえば、隆元はいるのかな?と思った矢先。
ドアを開くなり、お出迎えよろしく黒いオーラを纏った隆元が玄関に体育座りでそこにうずくまっていた。
そして何かをぶつぶつと呟いているので、耳を澄ましてみると。

「・・・引きこもりであってものぐさではないと信じていましたがまさかああまでひどいとは思っていませんでしたああ早く気づけばよかったというか何故あそこまで放っておいたのですかいっそ包み隠さずおっしゃっていただければ私だって・・・」

こいつは重傷だ。

「あ、あの〜、どうしたの?隆元。」

ふつりと、隆元の言葉が途切れたのもつかの間。

「どうしたもこうしたも!アレは一体なんですか!!」

と、やっと顔を上げて怒る隆元が指さした先は。

「あ。」

通称“開かずの間”であり、そのドアが微かに開いていたのだ。

「え、ちょっと待って。もしかして開けたの?」
「開けました。すごい臭いでした。」
「・・・あの・・・・・・・・・ごめんなさい。」
「・・・。」

腐るようなものは無かったはずだけど、と唇の裏側まで出た言葉は、またうずくまってしまった隆元を見たら消えてしまった。
変わりに信親は開かずの間へと足を向け、少しだけ開いている扉を平然と開け放った。

そこに広がっていたのは、ごみ箱ならぬごみ部屋。
手前に大きな袋が4つほど並んでいるが、中身は全て使い終わった万年筆のカートリッジ。
右を向けば古新聞が高く積み上げられ重厚な壁を作っていたが、一部が崩れているのが嘆かわしい。
さらに、使っていない鍋やティーセットの箱、何かの賞を受賞したときの盾、物を買った時の包装紙や段ボールがそのまま投げ散らかしてあって、なぜか落ちていた雨合羽には笑いがこみ上げてきた。
唯一の救いは、一番奥の読者からの手紙が入った衣装ケースが4つ。そこだけ綺麗に整えられていた。
そんなわけで床なぞ見えるわけがなかった。

(カートリッジが臭いんだな。)

ひとまず信親はつま先立ちで部屋に立ち入り、奥の窓を開けて風通しを良くしてみる。
言い分はある。信親だって散らかるのは嫌なのだ。
だけどこの地域のゴミ分別は徹底しており週ごとのゴミの区別が頭の中でうまくできず、段々めんどくさくなって家の中にゴミ部屋を作ってしまった、というわけだ。
その行為がよくないことだとわかっていたし、だから隆元には見られたくなかったわけだし。
だから恥だって知っている・・・つもりだが、こちらへフラフラと近寄ってくる自分の担当者には、そんな理由通用しないだろうな・・・と、唾を飲み込んだ。

「じゃ、じゃあ〜、折角だし。綺麗にしようかあ。」
「折角だしじゃないです。最初から綺麗にしてください。」
「・・・ごめんなさい。」






それから数時間。
二人は無言で手を動かした。
隆元が古新聞や段ボールを紐で縛り、それを信親がマンションの共同ゴミ捨て場まで捨てに行く。
また、横になっていたものを縦にしたり、しまうものはしまったりしてなんとか床が見える程度まで片づけた。
一心不乱に作業していたから、腹は減っているしそれ以上に肩や腰が悲鳴を上げている。
床に大の字になって寝転がっていた信親が立った。

「よし。」
「どうしました?」
「ちょっとコンビニ行ってくる。昼ごはん買ってくるよ。」
「ああ。では私が行きますよ。」
「いや、いいって!今回はもともと俺が悪いんだし!」
「ですが・・・。」
「いいからいいから!隆元は少し休んでて!」

財布をズボンのポケットに突っ込んで、珍しくやる気を出して外に出て行った信親の背中を、隆元はぼんやりと眺めていた。
そして、持っていたマグの中のコーヒーを一つすすると彼もまた、腰を上げた。

「さて・・・。」

少し休んでろといわれても、そうやる気を見せられては一人だけ休んではいられないというもの。
そうと決まれば、仕事部屋からOA機器を旧開かずの間に運ばなくてはならない。
早速仕事部屋のドアを開け、近場に転がっていたスキャナを持ち上げる。
ピキリと鳴った腰に、つい苦笑いがでた。

ふいに、仕事部屋の開けた窓から風が入ってきた。
そちらのほうに目を向けると、窓際の仕事机の上で書きかけの原稿用紙の端がヒラヒラと風に舞っているところだった。
白い原稿の上に年季の入った万年筆が転がっているその様は、まるで一枚の絵のよう。

そのすぐ脇には眼鏡。
あの灰の瞳はごくごく軽度の弱視を患っていて、文章を書くときや読書をするときは眼鏡をかけなくてはよく見えないといっていた。

その割には最近眼鏡をかけているところを見てないなと、手に持っていたスキャナを床におろして、眼鏡を掛けてみる。
度数の弱いレンズ越しに見る世界はいつもと違って歪んで見えて、隆元は面白くなって外を眺めたり本を眺めたりと、色んなものを覗いてみた。

「!」

何か面白いものはないかと部屋の中を見渡したとき、全身鏡に映った自分と目が合ってしまった。
その顔の真ん中には、見慣れない黒ぶちの眼鏡。

自分の顔に、先生の色があった。

「は、早く片付けてしまわないと・・・」

そういえばずいぶんと、この家に自分の色の物が増えたものだ・・・。
なんだかとても恥ずかしくなってしまって、隆元は素早く眼鏡をはずすとスキャナを抱えてそそくさと部屋を出て行ってしまった。









某様への捧げものだったのですが、某様のサイト閉鎖に伴い、こちらに再録しましたv
信親は基本は普通に暮らしているんですけど、一度不精しちゃうとずっとそうなるっていう。でも汚いのは好きじゃないよ!
隆元は、几帳面というか気配りができる人だと思います。他人のことは色々気がつくのに、自分の物は後回し。