冷灰(小説家信親×担当隆元)









元春は3日程隆元の部屋に滞在し、そして帰って行った。
誰もいない部屋はとても静かで広い。
隆元は、溜まりに溜まっている本を読むでもなく、外に出るでもなく、ただ考えることに日々を費やしていた。

結局、大内の会社が倒産した経緯は隆元には知らされないままである。
元春と隆景中心に、毛利の中で上手くやったらしく、大内の誰がどう捕まって、誰がいなくなって、誰がいるのかは隆元の耳に入ってこないし、その後自分の元に警察やマスコミが来ることもなくなった。
僅かに聞いた噂では陶が社長代理となったらしいが、信頼を失った会社には、以前のような隆盛は影すらないという。
その代わり、大内に変わって力をつけてき始めたのは、己の父・元就らしい。あの父のことだ、今回の件でどこかで糸を引いていたのかもしれない。

(私の居場所があったのは、倒産前の大内だったのだろうな・・・。)

慌ただしく理不尽に仕事を押しつけられるような場所でも。いや、だからこそ、自分の居場所があったのかもしれない。
忙しいからやりがいはあった。
それでも大内に戻りたいとは少しも思わないのが不思議だ。
ただ、大内にいなければ、先生と逢えなかったとは思うが・・・。

「・・・。」

信親のことを考えると、心のどこかがざわつく。それから隆元は、敢えて信親のことは考えないようにすることにした。

ふう、と、未だ完全回復しない身体をベッドに横たえ、考える。
考える時間だけは膨大にあるのが、少し寂しい。

(どうしようか・・・。)
(私の、居場所。)

数日前にやってきた元春の言葉を反芻してみる。

“大内もなくなっちゃったことだしさ。・・・そろそろ、うちの会社に戻ってみない?”

「・・・。」

今まで、生き急ぐように働きづめだったのだ。
そこに丁度いい具合にブレーキがかかっただけなのだ。
ややあって、隆元は携帯を手にした。
慣れた操作で画面に表示された名前は、畏怖するべき父上の二文字。しばらく隆元はそれを眺めていたが、思い切って通話ボタンを押した。
その内には父に対する抵抗も未来も感じることはなく、ただぼんやりと自我の粕のようなものが漂い浮かんでいるだけであった。










数ヵ月後。

最近の隆元の起床時間は以前にも増して早い。
帰宅も連日夜遅い時間で、風呂に入る前にベッドに沈んでしまうので、朝に風呂に入っているのだ。

今朝もそんな例に漏れず、ベッドから出てすぐに風呂に直行したら、洗面台に置いていた携帯が鳴った。
しかし、慌てることはなく冷静にドアを開け、軽く頭を拭いて携帯を手にする。じっと携帯画面に映し出された相手を確認する瞳は、何の感情もない。
隆元は、しっとりと濡れた指で携帯の通話ボタンを押した。

「はい、毛利隆元です。・・・ああ、本日はどうぞ宜しくお願い致します。・・・はい、はい。私共は社長と私の二人で参ります。資料はその時に・・・・・・・・・はい、では、16時に。・・・はい、失礼致します。」

電話を切った隆元は小さく溜息を吐いて、再びバスルームの中へと消えた。



父の会社で働き始めた隆元は、以前よりは腰を落ち着けて仕事をしていた。
仕事の内容は主に父の秘書。
常に元就の周辺にいて、父のスケジュールの管理をするとともに、運転手も行う。それから会社全体の動きを把握して、時折人手の足りない部署に入り電話を取ったり資料を作成することもあった。
どんな仕事でも行うあたりは大内とあまり変わりはなかったが、社長の息子とあってまず他の社員たちが自分を見る目が違う。
だが、大内で下っ端時代が長かった隆元はそれに奢らなかったし、毛利の社員達は大内と違ってきびきびと働くので、隆元自身もただただ黙々と仕事をした。

けれど、心のどこかで父に対する何かは存在していて、父の会社に帰ったとはいえ、自宅は一人暮らしのままだった。
そんな隆元の部屋に元就は来た事がないし、隆元も来てほしいとは思ってはいない。
隆元は、風呂からあがってタオルを腰に巻きつけて、洗面台に寄りかかった。
鏡に映る自分を見る。
ぽたりと、髪の先から伝い落ちた水滴が手の甲を濡らした。
切れ長の瞳は、どこか凍てついてしまった己の心を反映しているよう。

「・・・。」

結局、心の叫びなど、何にもならないのだ。


手の近くにあった携帯が鳴った。
横目で見れば、父からであった。
反射的に通話ボタンを押し、耳にそれを押しあてる。

「・・・はい。おはようございます、父上。」
“隆元。明日のスケジュールだが、昼の12時に契約を取りに行くぞ。”
「随分と急ですね。」
“相手が貴様と話したいと言っておる。”
「私と・・・誰ですか?」
“長曾我部信親だ。”
「・・・。」

隆元は息を飲んだ。
それから、父が何かを言ったが隆元の耳には入らず、そして、いつの間にか携帯は通話がオフとなっていた。

「・・・今更・・・」

どんな顔をして逢えばいいというのだ。
茫然としながらも、携帯に映し出された時間を見て慌てて隆元は洗面台を後にした。


リビングの片隅に立て掛けてあるスケッチブックは、埃をかぶったまま隆元を見つめている。









久しぶりの更新ですが、短めでスイマセン。