表裏一体(隆元)






あたりに荒れた波の音と、波が岩を打ちつける音が強く鳴り響く。
意気込んで乗船したものの大波のうねりは船を丸ごと飲み込みそうな勢いで、実際飲まれた小早も数艙あるようだ。
その中に、ちりちりと、袖や草摺や刀が摺り合わさる音が聞こえる。その中には兵の声は一切混じってはいなかった。皆黙っている。
精神が研ぎ澄まされている証で、隆元は天を仰いだ。
空は今も暗黒の雲を宿し、大粒の雨が隆元の頬をさらに打ちつける。雲の暗黒の意味は、陶か毛利かどちらかの大敗を暗示しているようで瞳に雨粒が入れども、隆元はじっと空を睨むことを止めなかった。

(・・・海が静まる事はあるだろうか。)

その最中、船の先端に波が当たり、ぴん、と、弾いた瞬間に飛び散った雫がさらに隆元の頬を濡らした。

「・・・。」

その跳ね具合は、自らの記憶の奥底に締まっておいた、汚れたものに酷似していた。
忌々しい。
隆元は、珍しく舌打ちをして頬の忌物のように無造作に手甲で拭った。







今思えば、隆元自らが大内の人質となった時から始まっていたのかもしれない。
大内での生活は優雅の一言に尽きた。何から何まで京のようで、また、貿易によって栄華を極めた周防の贅(ぜい)や芸事を、隆元はその身一身に受け止め、吸収した。
しかし、隆元が一身に受け止め吸収したものは、そのような華やかなものだけではなかった。夜になれば、時折訪れる大内義隆の「相手」をした。
戦国の世、ましてや人質の身だ。こういうことも耐えなければならないし、よくあること。そして、自らの心の中にそっとしまいこんでおけばいいだけの話だと、心の表面では割り切っていたものの・・・。
すらっと伸びる優雅な指は獣が肉を割る指と化し、瞳を開ければ、美と栄華を追い求めるという衣を被った欲に塗れた長がそこに居た。
己の思考とは真逆に濡れてゆく身体。本当は、耐えがたい辱めに思えるぐらいには隆元にも自尊心はあったけれど、抵抗などすれば毛利はどうなる。そう思えば高揚に身を委ねるしかなく、早く朝になればいいのにと、そればかりを考えていたっけ。

だから、吉田郡山の地を無事に踏んだ時は本当に安堵したものだ。
変わりのない両親、弟達。自らに着いて来てくれた志道は本当によくしてくれた。他の家臣たちも息災のようだとやっと笑顔を取り戻せたと思ったのに。


ある日、父・元就が大内義隆の元へ参上するというので、隆元と元春もついていった。
元就がいつもの調子で上辺だけの忠誠の言葉を述べたのを隆元は後ろで聞き、その後は大内の忠臣である内藤とともに少し話をし、内籐とも別れるとしばらくぶりに周防の街並みを散策しようかと、大内の邸を歩いていた時だった。

「・・・っ、・・・!」

通りすぎようとした部屋の中から、誰かの気配がする。
しかも異様な雰囲気のそれは、以前自らが義隆にされたあの時と似たような空気を漂わせていて、逃げ出せばよかったものを、隆元は足を止めてしまった。

「・・・!・・・もと、はる・・・」

声を聞いた瞬間隆元は、、とん、と、簡単に胸を押されて真後ろにある断崖絶壁に落とされる錯覚を覚えた。
私の心の中に留めおいていたそれが、手招きして地の底で待っている。
欲と言う名の鎖が私の体を再び絡め取ろうとしている。
声の主は明らかに義隆の筆頭家老である陶だ。
しかも、奴は何と言った?
もとはる?
元春?
相手は、元春なのか?
それでも隆元は足が動かない。
薄い障子一枚を隔てた向こう側から、隆元に届くように次々と声が漏れ聞こえてくる。それはまるで、見せつけられているようにも聞こえた。僅かに聞こえるくぐもった声は、まさしく弟・元春のものであり、陶は隆元の気配を感じ取っているように思えて、隆元は人生初めての怒りを覚えた。

(何を考えておいでだ・・・。)
(確かに陶殿は元春と気が合うと聞いた。隆景も義隆様のお気に入りと耳にしている。しかし・・・)
(我等・・・兄弟それぞれが共有できぬ、言えぬ秘密を植え付けるなど・・・!)
(防州殿は・・・防州殿は・・・!欲で、毛利を雁字搦めにするお積りか・・・!)








怒りを思い出し、隆元は強く拳を作って震えた。

「若殿。」

近くの兵が声をかけてきた。

「今は怒りを抑えて下さいませぬか。怒りは何も生みませぬ。義隆様を討った陶殿には、其もほとほと呆れておりまする。ですが怒りに打ち勝てばこそ、その向こうにはきっと勝利が見えましょうぞ。」
「・・・そうだな。ありがとう。この隆元、肝に銘じよう。」

(打ち勝つものなど、最初からないよ・・・)

とはいえ、この船を下りればあとは陶を包囲するのみ・・・。
隆元はじっと荒波に揺れる小早の上から宮島を見据えた。





「よくあの元就を動かしたものだ。」

膝を追った陶が、隆元を睨み血の滲んだ唇の片方を上げて笑った。
しかし隆元は容赦なく陶の首に刀の切っ先を向ける。
続けて陶は言う。

「お前の考えは読めぬよ。私は大内を滅ぼしたいのではない。腐った大内を洗い流し、新たな大内を復興させたいのだ。お前とて、大内に恩義を感じる人間だろう。」
「そうだな・・・確かに、周防の民草、その他の重鎮の皆々様方には十分恩義を感じている。しかし、私はお前だけは解せぬ。」
「何だと?」
「私は大内でこの世の栄華の中に人の欲を見た。毛利に帰りし後は、戦での人の生死を見た。私はその中で人や栄華の儚さと脆さ、そして己の無器用無才覚を悉(ことごと)く実感した。・・・しかし・・・しかし、真に怨むべきは・・・」

隆元は脇を締め、刀を自らに引き寄せて一瞬。次の瞬間にはどすりと陶の首を一突きしていた。

「真に怨むべきは!我が兄弟に共有できぬ秘密を植え付け、欲によって支配しようとした貴様等だ!そして腐った大内の血は陶、お前にも流れている!同類なのだ!」

首に刃を受けた陶はそのままどうと倒れたが、隆元はその上に馬乗りになって何度も何度も陶を刀で突き刺していった。
生温かい返り血が頬がびちゃりと張りついてやっと我に返り、忌々しいと再び頬のそれを手甲で拭うと、隆元は自らの手で、陶の首と胴を切り離したのである。






朝、既に戦の勝敗は付き、敗残兵もほぼ討ち取った後、隆元・元春・隆景の三人は宮島の桜尾城付近で落ちあった。
宮島の神社近くに火を放った元春を隆元は咎めたが、すぐに元就に報告してあとで神社に謝罪の参拝を話し合おうと優しく告げた。
そして隆景には村上水軍を説得してくれたことを感謝し、すぐに水軍達に労いの言葉をかけようと約束をした。
雲の切れ間から朝日が照らし始め、隆景が口を開いた。

「隆元兄、これで、毛利は後戻りはできませぬな。」
「ああ・・・。しかし、これで中国は盤石となろう。それに、私は・・・許せなかったんだ。」
「義隆様は毛利によくしてくれてたからな。兄貴があんなに親父に食い下がる姿、初めて見たよ。なあ、なんかあったの?」
「・・・秘密です。」


ただの内緒話だ。
そう思えばいいだけの話なのに、どうして私は割り切れないのだろう。
でも本当は。
本当は知っているのです。
血肉をわけた兄弟とはいえ、年を重ねれば重ねる程(汚れていること以外にも)腹を割って話せることは、以外と少なくなってゆくということを。
多分それは弟達も察しているでしょう。
私は、その、腹を割って話せないことを垣間見てしまった事実をぬぐい去りたかっただけなのかもしれません。
それでも弟達は私同様、自らの秘密は秘密のまま心にしまっておくことでしょう。

だから、この戦は・・・とても壮大な私の私闘だったのですが、それもまた秘密なのです。



(あれ、なんか・・・)

3人一緒に同じ方向へ歩いて行った3本の鏃の光は、互いに見えない光を放っているように見えたとは、その様子を見ていた兵卒の話である。









久しぶりにまともに書いた戦国次世代っつーか、毛利の戦。
ここに長曾我部をねじこむことはできませんでしたー!
ごめんなさいー!!・・・というわけで、長曾我部4兄弟による感想を・・・


和「兄上、兄上。ちょっとそこでリアルorzはやめてくれませんか?」
信「・・・まさか・・・だって・・・まさか・・・・・・隆元が・・・しょ、処女じゃなかっ(小声)」
和「いいじゃないですか、自分で尻ぬぐいしてるんですから。」
信「尻ぬぐいって言うなぁ!和の馬鹿ぁ!」
和「・・・。大人げないですよ兄上。」
忠「陶殺す陶殺す陶殺す・・・」
盛「もう陶は死んでっぞ。」
忠「あたしの春ちゃんのバックバージンはあたしが貰うって決めてたのに何なのこれマジ。今から周防に行って陶の墓荒らして骨まで木端微塵にしてくっからちっと船借りてくぜ。」
盛「本性出してんじゃねぇ、馬鹿忠。」
和(僕たちには秘密がなさすぎるのかもしれないな。)