言の葉(信隆)






「ち、長曾我部、様!」
「隆元いる?」
「主は・・・・・・今は何方にも会えませぬ!」
「誰か来てるのなら待つけど」
「何方もおりませぬが・・・・・・」
「じゃあ、会えない事でもしてるの?」
「そ、そういうわけでは・・・・・・」
「なら大丈夫だね」
「なっ!お待ちください信親殿!」

とても寒い日だった。
父の随行として安芸にやってきた信親は、吉田の城に登城して早々、真っすぐ毛利の嫡男の居館へ向かった。
最初に門前で隆元の居館の者と出会ったが、その者は信親の顔を見るなり血相を変え仰天し、信親の前に立ちはだかり信親の問いに素直に答えて現在に至る。
虚言を使わない所や力任せにならない所を見ると、そこまで人目を憚るような事をしているわけでもないらしい。信親は言葉で足止めをできないと言わんばかりに足をずんずんと進めた。

(この人に隆元の教育が行き届いているのかな)
(嘆いてばかりっていうのも隆元に似てるなぁ)

そんな居館の者の静止をものともせずに、信親はとうとう隆元の部屋の前にやってきた。
そして、いつもと変わらず自らの手で襖を開けると、隆元は普通にそこに居た。
居たには居たが、居館の者の慌てようとは裏腹に特別な何かをしている訳ではなかった。
書状を認めていただけであった。
ただ、隆元がいつもと違ったのは、襖を開けた信親という客人(そして友人)よりも大事な書状を書いていたのか、その顔が襖を開けた信親の瞳を見つめ返すことはなく、真剣に机の上へと降りていた事。

「隆元、何をしてるの?」
「・・・・・・。」

声をかけても珍しく反応を示さない。
そんな隆元の様子がやや癪に障った。が、隆元の邪魔はできない。代わりに“だから言ったのに”と隣で大きな溜息をついた居館の者をじろりと睨んでみる。
仕方なく、信親は隆元より人一人分空けたところにどかりと座り、じっと隆元の横顔を見た。
切れ長の瞳は筆と墨を追い上下に動いている。
筆を持つ手には青い血管が浮き出ていて、所々に細かい傷跡が残っているのと切りそろえられた爪に武家を感じた。
誰宛ての書状だろうか。
信親の座っている場所からは、書状の内容を覗きこむ事はできるが、敢えてそうはしなかった。
だから、こうして隆元も書状を書いている時に何も言わずに招き入れてくれたのだろうが。

(信頼はされてるって事か)

しかし早く、書状を書き終わらないものか。
そういえば隆元の書状は父・元就に似て膨大な長さと文字数を誇るのだと、信親は思い出して隆元に聞こえないように細く息を漏らした。



「お待たせいたしました、信親殿」

隆元が花押を書き終え、筆を置き、信親に膝を向けた時には既に信親は餅二つと五杯目の茶を飲みほした所であった。
流石に信親も床の上に長い両足を放り投げ、頬を膨らませてみせる。そんな信親に隆元は苦笑いしかできないでいた。

「ホントだよー!もう暫くは茶は飲みたくないな!」
「あはは、すみません。ですが、文はしっかり書きたいもので」
「それは知ってる。誰宛て?言えないならいいけどさ」

さらりと冗談半分に訊ねた己の問いに、隆元が一瞬目を丸くしたのを信親は見逃さなかった。
図らずも的を得てしまったかと考えたが、隆元はふと笑い、窓の外に広がる冬の木々を眺めて口を開いた。

「・・・・・・そうですね、言えなくはありませんが」
「歯に物が挟まったような言い方はあんまり好きじゃない」
「では、土佐の方宛て、と言いましょう」
「え?土佐宛てなら俺が預かって・・・・・・」

そこまで言いかけると、隆元が突然膝を擦り寄せてきて信親の唇に人差し指を当てた。
顔は薄く笑っている。
どこかで見た謀将の面影は、そのまま口を割った。

「“安芸は肌寒くなって参りました”」
「・・・・・・」
「“この度、元親殿とともにこの安芸へお越しになると伺いました”」
「・・・・・・」
「“こちらに来て経つ頃、安芸は雪が降る事でしょう。土佐も雪が降るようですね。帰りの道中寒くならぬよう、羽織をご用意しておきますのでどうぞお召しになってください”」

時が止まったような気がした。
人は愚か、天地をも掌握しているような。
己の心の臓もどきりと大きく揺れて、言の葉が枯れ木に灯った。

信親は隆元越しの窓の外に、深々と雪が降っている様を見た。








隆元がメモ魔っぽいところを書きたかったのとちょっと不思議な感じにしたくてこうなりました。
信親はこの書状を土佐に持って帰ったか、隆元が他の人に預けたかは神のみぞ知る・・・