ヘブンズトラップ






※現パロです。





どうしてこういう日に限って、甘寧の帰りが遅いんだ。
凌統は本日5杯目の焼酎をグラスの半分まで注ぎこんで、唇を尖らせた。
真っ赤な顔をしながら、傍らのミネラルウォーターで焼酎を割り、かき混ぜもせずに一気に呷ると、水と混ざりきっていない焼酎がそのまま喉に流れ込んできて、涙を滲ませながらごくりと飲みほした。

別に仕事でポカしたわけではない。
ただ何となく甘寧に会いたいだけだ。そのために、珍しく定時に会社を出、急いで帰宅したというのに、待てど暮らせど甘寧は帰ってこない。
詮索されるのも嫌なので、連絡もしていないから、ただ自分が勝手に期待を膨らませているだけなのだけれど。

「あの野郎、どこで油売ってんだっつの。早く帰って来いよ。」

ぼんやりと時計を見ると、既に日が変わって暫く時間が経っている。
その時、マンションの共同廊下を歩く足音が近づいてくるのが玄関越しに聞こえてきて、凌統は息を潜めて耳を欹(そばだ)てた。
さて、あの玄関ドアが開いたら、遅いと言って空き缶でも投げつけてやろうかと、首を伸ばしてみるが、悲しいかな、足音は家の前を通り過ぎて消えてしまった。
その時の落胆といったら。
凌統は自分でも驚いたほどだ。

「・・・遅ぇよ。」

空き缶ではなく、空いたペットボトルを弱々しく玄関のほうへ投げてみるが、それは玄関まで辿りつくことなく、廊下の途中に落下してカラカラと転がって壁にぶつかって止まった。

「・・・。」

何か空しくなって、投げつけたペットボトルを拾おうと立ち上がった。
立った瞬間にくらりとよろめいて、甘寧が借りてきたDVDをつま先で蹴ってしまった。いい気味だ、凌統は鼻で笑った。
ふらふらと壁づたいに歩きながらペットボトルを拾う。身をかがめた時、少し胃の中が動いて気持ち悪くなり、もう今日はこのまま寝てしまおうと、腰を上げた丁度目の前に、一枚のドアがあった。

そこは甘寧の寝室として、凌統が割りあててやった部屋であった。
だが機能していないに等しい。
甘寧は廊下を隔てた向かいの凌統の部屋に毎日やってきて一緒に眠るので、この部屋で寝ている所を見たことがないからだ。それに凌統も、掃除以外では甘寧の部屋に入らないし。

凌統は、ペットボトル片手に目の前のドアを開いてみた。
殺風景な部屋だ。
物に執着しないとはいえ、本当に物がなさすぎる。
床には万年床となった布団と、脱ぎ散らかした服・・・といっても2,3枚程度が転がっていて、その他には携帯の充電器と、両手で抱えられる程度の大きさの、奴の商売道具ともいえる黒いメイクボックスが2つ。それしかない。
ふと、凌統はここで寝てしまってもいいかと思い、遠慮なしに倒れこむようにどさりと横になった。
途端、どこからか身体を包むように甘寧の匂いが舞い上がって、背筋がざわついた。
ごろりと身体を反転させた時にも、また。
心臓が静かに脈を打つ。
あいつがいないのに息があがるのはどうして。
身体が熱いのは、酒のせいじゃないのか?

(もしかして、俺、あいつとセックスしたかったのか?)

考えて、ああと声にならぬ吐息が白い空間に弱く響いた。
そろそろと身体の下に手を伸ばしてみれば、見事身体のどこよりも硬く熱いそれがあって、意識すればするほど、この空間には甘寧の匂いしか立ちこめていないし、いっそどこか牢獄の中に入ったほうがまだましだと、物騒なことを考えながらも、その手は下着の中に入っていった。

「ん・・・。」

いきり立つままに指をからめ、顔を枕に埋めるとさらに甘寧の匂いが濃くなって、強く先端を擦る。
腰のあたりの骨がギシ、と軋んだ。
もうジャージも下着もいらないと忙しなく肩足を引きぬいて、何かを追い求めるかのように、手を動かした。

「甘っね・・・」

この指は自分のじゃない。記憶の中のあいつの動き。だってほら、こんなに甘寧の匂いがしてるし、さ。
視界の端に映った天井の中央には、丸い蛍光管が天使の輪っかみたいに光って、白い壁を照らしている。
天国みたいだな、と思った。
こんなに切羽詰まった息を吐いて、死んじまうくらいに気持ち良くて、本当に昇天しちまっても今ならいいかな。
俺の天国はあんたの部屋になっちまうな。
この部屋で俺の残骸を見たあんたも、俺みたいに昇天すんのかい?なら、あんたもこの部屋が天国か。
あんたと共有する天国なんか煩くて敵わないな。
そんな所に一人で逝くのは嫌だけど、あんたの匂いくらいなら連れってってやるよ。
ああ、酔った俺を笑い飛ばす奴が居ねぇよ。
なあ甘寧。
早くしないと、俺イっちまう。

「甘っ寧・・・ぁっ・・・」











「ん・・・」


腹が痛いような気がして目を覚ました凌統は、まず目の前にいきなり白い朝の光が目に飛び込んできて、目が潰れるかと思った。
胃がムカムカする。ああ、買い置きのキャベジンがどこかにあったような気がする。後で飲もう。
凌統は朝日を避けるように壁のほうに視線を流して、自分の部屋ではないことをやっと把握し、そういえばここは甘寧の部屋だったことを思い出した。
下半身がやけに涼しいので、一人で致してあのまま眠ってしまったことも同時に思い出す。
そして、何やら隣に気配があることも気付いてしまった。

「ぅおーい、凌統さーん。お目覚めかぁ?」

ああ、凄く嬉しそうな声が憎らしい。
凌統は顔を覆いたくなりながら、ゆっくりと振り向いた。
そこには、やはり想像通りの顔をしていた甘寧が、肘をついて寝転がって隣にいた。
目が合うと、髪を梳くように凌統の後頭部に手をやって、額に唇を寄せてくる。
しかしその手は凌統の胸元を這いまわり始めていて、ちゃっかりしているなと思った。

「おいおい、一人で抜くなんて水くせぇじゃねえかよ〜。しかも俺の部屋「煩い、気持ち悪いから、水持ってこい。」
「お前酒臭ぇな!リビングの酒全部飲んだのかぁ?」
「そうだよ。だからすげー気持ち悪い。水。あと液キャベ。」
「・・・。」

凌統は甘寧に背を向けると、毛布を被りながら足元に無残に転がっていた下着をそろそろと履いた。
ふと、一度素直に離れた甘寧の腕が、再び凌統の頭に優しく降りてくる。

「ま、次は連絡くらいよこせや。」
「ふん。」

(遅ぇんだよ。)

どこまでお見通しなんだか。
凌統は甘寧の匂いのする毛布に未だ心ざわつきながら、自分の匂いをなすりつけるようにして身体を丸めた。







おまけ

6の甘凌はどちらかといえば、三国で想像しやすくて現代ではないかなあと思ったのですが、雰囲気的に6だったのでこちらにきました。
もちろんこのあと、甘寧は凌統を美味しく頂きます。